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不登校の期間は、水面下で確実に、大きな成長を育んでいる。

現在6年生の娘は
進学のことを悩んでいました。



悩んでいたのは
なんとなく感じていたけれど

話しかけるタイミングも
大切だと感じていたから

そっと見守る時間も大切に。



けれど
本格的に動き出す必要のある
リミットが近づいてきていたから

それとなく
それとなく
そんな話を振っては

様子を見てくりかえしていました。


ある時から

生活習慣のととのえかたや
学習への取り組み方が
ガラリと変わりました。


自分の考えていることも
オープンに話すようになりました。



担任の先生にも
最近雰囲気が変わったように感じます
と言われるほど

娘の中で
大切にしたいことは何かが
明確になりつつあるのだと感じています。




どんなときも
自分の人生を優先させていいんだ




そう突然話したあたりから
なんだか
また大きく成長しているように
感じています。




先日
コロナの影響で
数年会えなかったわたしの叔母に
会いに行ったときのこと。


叔母は
離れて住んでいる
わたしの両親にかわって

娘が赤ちゃん時代から
いろいろサポートしてもらっていました。



叔母には
娘が学校に行っていないことは
話していなかったのですが


その日娘は自分から

学校に行っていなかったこと
今は時々自分のペースでいっていること

学校の先生たちも親も
状況を理解してくれているから
助かっていると


明るく話していたそうです。





学校への思いも
以前は
やさしくオブラートに包んだ言い方だったけれど


・集団行動は好きではない
・先生の教えを守らなければならない
・自分のペースで活動できない
・みんなと同じことをしなければならない
・人に迷惑をかけてはいけないといわれる


そういうこと学校のあり方が好きではないと
攻撃的になるでもなく
ただ
わたしには合わないと
はっきりと言うようになりました。


今通っている学校は
先生たちから強制されることもないし
自由に登校させてもらっていますが

入学した頃は
強くそう感じていたし

今も環境としては
合わないと感じているのでしょうね。





娘の中にある
既成概念が今
どんどん、どんどん崩れていて。


中学の進学についても
どうしたらいいのか迷っていたけれど
なんとなく気になった
その場所が
今の自分には合っているような気がする
と言ったとき


自分のことを自分が一番信じられていない
と言ったとき



気が付いていたのに
そこから目をそらしていたのは
自分だから


自分を責めるでもなく
ただありのままに事実を話す娘の姿が
とてもたくましく感じられました。




学校に行かない日は

毎日学習のルーティンを終えて

歌ったり
好きな音楽を聴いたり
絵を描いたり
本を読んだり

変わらずに過ごし
なにも考えていないように
見えるけれど

見えないところでは
自分と向き合いながら
過ごしていて。



身近にいると
その小さな変化に
なかなか気がつきにくいことがあるけれど


自分の感覚を
丁寧に感じていきたい娘には
学校を休んでいる期間は


心を大きく成長させる時間なのだなと
改めて感じました。



思春期という

蝶々になる前の
さなぎのような時期。


不登校というギフトの大きさを
感じる瞬間が
この頃とても多いです。




学校に行かないと決められる
自由があること


娘のペースをあたたかく見守ってくれる
先生たちや
家族、友達がいることに
本当に感謝です。



月のリズムにも
反応しやすいから


新月や満月の前に
感情が揺らぐことが多いのに
穏やかに楽しそうに過ごしている


成長したその姿に
思春期に関わる歓びを
最近強く感じています。




たくさんの学び
成長していく姿を見せてくれてありがとう。



お読みくださりありがとうございます。

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