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[エストニアの小説] 第2話 #9 帰還 (全12回)

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 するとある夜のこと、ニペルナーティは外で騒がしい音がするのを聞いた。壁から銃を取り、外へと急いだ。そして驚いた。そこには積み荷の上で誰が馬具を取り外すか、言い合いをしている3兄弟がいた。3人はずっとそうやって喧嘩をしてきたみたいに見えた。ペトロの腕は三角巾で吊られ、ヨーナタンの頭は包帯でグルグル巻きで片目だけ出ていた。パウロはといえばからだ中の骨が痛くてたまらないとうなり声をあげていた。
 「どこの悪魔がこんなに早く、君らを帰したんだ?」 ニペルナーティが訊いた。「それとも役人たちが見本市の祭りを一才合切禁止したのかい?」
 「こいつはユダヤ人のくせに口いっぱいに豚肉を詰めこんで、寝たりしゃべりまくることだってお手のものさ」とヨーナタンがその言葉に反応した。「キリスト教徒がときに、毎日のパンを手に入れるのにどんだけ苦労してるか知らないんだ」
 「で、商売はうまくいかなかったのかい?」とニペルナーティ。
 「いや、そういうわけじゃない」とペトロが説明した。「俺ら、すごくうまくやってたんだが、それ以外のことがうまくいかなかった」
 「ここでペラペラ話してどうなる」 パウロが文句を言った。「早いとこ中に入ろう、俺は腹が減ってて、生煮えの石でも食えそうだ!」
 そしてウンウン言い、悪態をつきながら、3兄弟は一人ずつ荷馬車から降りてきた。ニペルナーティは馬車を脇に寄せ、馬を小屋に連れていき、腹を立てながら兄弟のあとに続いた。

 「あー、キリストの受難、そして晩餐だ!」 ヨーナタンが言った。「猿と映写機が無事だったことを神に感謝する。あんな暴力と流血騒ぎは見たことない。警官がやっと着いたとき、一瞬のうちに催事場は空っぽになってた。一人のゴロツキも捕まることなく、監獄行きにもならなかった」
 「俺は大声で叫んだんだ、『お巡りさん、お巡りさん!』とね、でも狂気の真っさいちゅうには警官は一人として現れなかったんだ!」 パウロが続けた。

 3兄弟は食事をし、着替えをし、傷口を洗うと、ペトロが話をはじめた。「俺ら、三つの祭りではうまくやってた。人が列をなしてやってきて、すべての人を中に入れられないくらいだった。それで俺ら、ちょっと飲んでもいいだろうとなって、4番目の祭りに着いたときはほろ酔い加減だった。パウロ以外のことでは、たいして問題にならなかった。あいつがチケットを売っていたんだが、釣り銭がなくなったんで、それを手に入れに出ていった。で、ヤクザ者と詐欺師がこのときを狙っていた。そいつらはチケットなしで中に入りやがった。当然ながら、ヨーナタンの正義感がこれを許すわけがない、そいつらにすぐさま飛びかかっていった。突然だったし、カッとしていたために、ヨーナタンはちゃんとチケットを買った人まで殴ってしまったんだ。そうやって喧嘩がはじまって、最初は殴られて転ぶくらいだったのが、女たちが金切り声をあげて、男たちが吠えまくり、みんな興奮状態に陥った。ほんの数分のうちに、怒涛の騒ぎになった。一人が誰かを殴り、そいつがまた別のやつを殴りって風にな。誰もがそんな風にして殴られた。それを免れたのは、ドアの外になんとか逃げ出した者だけ。散々頭をぶったたかれたり骨を打ち砕かれたりした後、殴り合いをしてたやつらはパッと消え去った。俺ら3人が残された。俺ら、祭りにいた人たちに頼んで、荷馬車に道具を積んでもらった、自分たちではできなかったからな、惨めなことだ。で、家に向かった、傷をいやして休むためにな」

 「というわけで、この教区のやつらは大喜びだな、ノギギガス兄弟がぶちのめされて、ガラクタ道具と一緒に家に送り返されたってな」 ヨーナタンが嘆いた。
 「いや、だめだ!」 ペトロが声をあげた。「俺らが戻ってきたことは知られちゃまずい」 
 「嗅ぎつけるにきまってる」とヨーナタン。
 「オレたちが農場に潜伏してるのはバレるだろうな」 ペトロもうめき声をあげた。
 「いいか、こうするんだ」 ペトロが言った。
 「ヨーナタンと俺は静かに家に留まる。やられたのを見せないよう、どこにも出ていかない。どこぞの紳士みたいに家でじっとしていて、誰も家に入れない。だが喧嘩で目立った怪我をしてないパウロを、居酒屋に送り込む。そこでパウロは酒を飲んで、自慢話をして金を使う。みんなに俺らが金に困ってないことをわからせる。教区のやつらみんなが、ノギギガス兄弟は成功したと思うだろう。パウロは俺らがこの2、3日の間に家に戻ってきたと漏らすんだ。街で追加の機械を買い足す必要があるってな」
 誰も反対しなかった。次の朝、パウロは金を持たされ、いくらまで飲んでもいいと言われ、何をどう言うかを教えられて、居酒屋に送り込まれた。
 パウロは昼ごはんの頃、使命を果たして意気揚々と戻ってきた。パウロはプースリクに会うことさえした。あれこれ自慢話を披露し、持ち金を見せ、酒に誘った。プースリクは唾を吐き、土埃をたなびかせながら、悪魔のように走り去った。3兄弟はいい気分になって、パウロを褒め上げ、酒を飲み、歌をうたい、この先の計画をワクワクと練った。3兄弟はこれからの旅の間、ウォッカを一滴たりとも飲まないこと、喧嘩をしないこと、言い争わないこと、礼儀正しく、品よく振る舞い、儲けは銀行に預けること、3人で1人のように協力し合うことを真面目な顔で約束しあった。そんな風に話し合っていたので、猿がドアから出ていったことに誰も気づかなかった。

 猿のミカがいないと気づいたのはヨーナタンだった。真っ青になって声をあげた。「猿がいない!」
 兄弟は跳び上がると、外へ飛んでいった。
 猿は赤い帽子をかぶり、ブルーのズボンをはいて、フェンスの上に座っていた。3兄弟が近寄ってくるのを見ると、フェンスから飛び降り、プースリクの農場の方に走っていった。猿を先頭にヨーナタン、パウロ、ペトロが追いかけ、その後ろにニペルナーティがつづいた。
 「ミカ、かわいいミカ、もどってきておくれ!」 パウロが必死の声で呼びかけた。
 「ミカ、いいかい、困ったことをするんじゃない!」 ヨーナタンが拳を振り振りなだめようとした。
 しかしミカは目の前でピョンと跳ねて、こちらを見て座り、それからまた別の方角へと向かった。3兄弟とニペルナーティは息を切らせ、その後を追いかけた。パウロは何とかなだめようとし、ペトロは角砂糖を見せた。ヨーナタンは悪態をつき脅した。が、何の効果もなかった。追っ手をからかってでもいるみたいに、ピョン、ピョンとミカは先を行った。

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'Toomas Nipernaadi' from "Toomas Nipernaadi" by August Gailit / Japanese translation ©: Kazue Daikoku


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