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All Tomorrow's コスチューム・パーティーズ エフェミア・チェラ(ザンビア/ガーナ)

COMPILATION of AFRICAN SHORT STORIES
アフリカ短編小説集 
もくじ

エフェミア・チェラ(Efemia Chela )はガーナ系ザンビア人の作家。2014年、アフリカ人作家のためのケイン賞にノミネートされる。2017年、ジェラルド・クラーク賞で最終候補作品となる。2018年、南アフリカのローズ大学でアンドリュー・メロン・ライターズ・イン・レジデンスとなり、2020年にはキー・ワーズ/イングリッシュ PEN レジデンシーに選ばれる。(作品のあとに詳細)

Title photo by MarkScottAustinTX
Efemia Chela


ショッピングモールの木曜日。頭上で、着陸態勢を告げる飛行機のエンジン音がかすかに響く。999ランドの格安航空便が、プレトリアのメルの店から30キロ離れた場所で、滑走路に滑り込む。メルはカウンターの後ろでかがみ込んで、ピエロのベルボトムの裂け目を直している。店の入り口のドアが開いて客の入店を知らせるベルが鳴る。それと同時に野焼きの臭いと熱気が流れ込んでくる。夜、店を閉めると、メルは燃え立つ炎に縁取られた黄色い草原に車を走らせ、カウボーイジャケットと自由に想いを馳せる。いま、彼女はハロウィン・シーズンの到来に目を向けている。
*ランド:南アフリカの通貨。1ランド=8円前後(999ランド≒8000円)

海岸沿いの町で大きな破綻を経験して、メルは首都のプレトリアに移り住んできた。何者かになりたい人々が集まるこの新しい街に、数千ランドで新しい店を買ったのは7年前のことだった。良い衣装店には溢れる選択肢があるはず、だからメルは梁までぎっしり、棚の隅々まで衣装を詰め込んだ。白人用のカトリックの司祭、レイア姫、エジプトのミイラは奥の方に、照明があたって色が褪せるのを防ぐ。黒人にはアダムス・ファミリーの母親、修道女、バットマン。こちらは傷みにくいから左の前へ、そして一年中大金をつかう連中(ゴスファッションのティーンたち)を呼び込む服。その間あいだ、周辺には虹色が広がっていて、テーマというより色味やトーンで服が配置されている。ヴィクトリア朝やその他の時代もの衣装はメルの頭の上。パリッとしたクリノリンのペチコート、スカート下に履く膨らんだブルマー、スカートのお尻を膨らませる小さなバッスル、華奢なパラソルといったものが、10時から6時まで彼女の空だった。

ヘイ

ヘイ、ひさしぶり。

そうだね、この季節がきたね。

そうそう。今年何になったらいいと思う?

その女は9月に新しいガールフレンドを連れてやって来たとき、もう90年代のマドンナになると決めていた。女がゴルチエ・コーン・ブラ時代で、ガールフレンドはスカしたブッチレズビアン風、鞭を手にしたスーツ姿の「エロティカ」バージョン。1週間後、彼女たちの衣装が鞭なしで戻されたので、メルが女に電話すると、1時間45分話した結果、鞭を壊して二人は別れたとわかった。

メルはにやり、いつかまたあの女に電話してみよう。

つぎの年、女が耳を男の肩にくっつけてやってきた。その女と道楽者っぽいボーフレンドは、棚のあらゆるものをひっくり返して見たあげく、何も持たずに店を出ていきそうになった。メルは奥の部屋に行って、スーパーマリオとピーチ姫を引っ張り出し、その場を救った。二人が店を出ていくのを見て、あの女、自ら男を選ぶとはどういうことか、と思った。

3年目、女は一人だった。なんて海から離れたところに住んでいることか、ここにいるとペットボトルと水道の蛇口以外に、大量の水が存在することを忘れてしまうなどとにこやかにしゃべりながら、彼女は一人用衣装を選ぶのにあれこれ迷っていた。「ママ・アフリカ」の名をもつ歌手のミリアム・マケバはどうか(しかし、かぶり物があまりに重かった)、プリンスはどうだろう(が、誰もかれもが彼になろうとしていた、追悼プリンス)。最終的に「サーセイとジェイミー・ラニスターの双子(ゲーム・オブ・スローンズ)」の衣装を選び、自分はジェイミーになって、夜にサーセイがやって来るのを待つと言った。女は赤いベルベットのサーセイの衣装をバックパックに丁寧にしまった。メルはその晩のために目覚ましをセットした。知らない人の家のトイレで、誰かがサーセイとジェイミーの二人に優しく衣装を着せて、首筋にキスしているところを想像した。

その翌年、女はまったく顔を見せなかった。メルは真夜中までハロウィンのためにショップを開けていた。そして車に乗り込み、マーメイド姿で家に戻って泣いた。

その年以来、メルの孤独は深まった。口をあけ、そのあと言葉が出てこない自分を発見した。あの女のことだけが原因ではない。メルはスラッシャーズ・スケート・パークで、ベイブス・オブ・デス・ローラーダービー・チームのスコア管理をしている。筋肉もりもりのスケーターたちは何にでもぶつかっていく。この世の鋭角を感知していない。どうであれまた立ち上がると確信している。休みなく何度でも、汗をかき、押し合い、くっつき合い、血を流し、ブーブー言い、木曜日の夜の2時間、様々なグループ編成でパークを転げまわる。メルは練習後、コンブチャ(紅茶キノコ)を勧められても無視し、夏の間、丈夫なひざや控えの座にいることを褒められても耳を貸さなかった。内気という言葉は、感じている辛さに対して、あまりに弱い。世界からの隔絶であり、それに対する彼女の拒否でもある。女たちはもう、メルに声をかけてこない。毎週木曜、スコア表をめくりながら、泡だつ軽めのビールを1リットル飲み干す。ある日、コーチが電子式リモコンのスコアボードを手に入れると、メルは木曜の夜も家で過ごすことになった。みんながベッドで、あるいはテレビの前で寝ている真夜中、メルはパジャマ姿で家を出て外を歩き、指先を絶望で尖らせ、満ちてくる夜を体に迎え入れる。

その女が入ってきたとき、メルは裁縫用メガネを外し、女の目をもの欲しげにじっと見ないよう努めた。メルは以前に、ナナフシみたいだと言われたことがあるので、自分の首筋や手の長さのことを忘れようとした。女は頑丈そうなあごをしていて、頬にはそばかすが散らばっている。濃い茶色の肌は輝き、頭は完璧な球体で彫刻のように固そうだった。

今年は何になったらいいと思う?

メルのキャリアは果てることのないトレンドで保たれている。20代の若者はいつもウェス・アンダーソンのキャラクターになりたがるので、毎年8月になるとニット帽を編みはじめる。30代の客は甘やかし放題の自分の子どもが着る丈夫な、できれば最新のスーパーヒーローかお姫さまの服がよく、それにはスケッチブックを手にカートゥーンネットワークを見ると重宝する。40代の男たちはクラシックなロックスターになりたがり、なんなら後ろだけ長いマレット・ヘアで(ただし太鼓腹は取り扱いなし)、そしてその妻たちは過去のクラッシー好み(自殺しないマリリン、地政学なしのクレオパトラ、自動車事故抜きのダイアナ)。

夕暮れどきを迎えた女性たちには、服のサイズやフィット感について嘘をつかざるを得ない。誰も同じ、フローラルのタルカムの匂いを店中に撒き散らし、彼らが去ったあとも残り香がある。彼らの体はもう自分のものではなくなっている。が、メルは派手な装いに彼らをつつみこむとき、それに気づかないようにしている。目の下の皺がこれ以上悪いニュースはない、と言っているのだから。年老いた女性というのは、秘密のラブレターみたいだ、とメルは思う。以前はたびたび開けて見ていたけれど、いまは置き去りにされていて、長年の間に折りやしわが入り、そこに書かれていることは古びていき、誤解を生むに十分なまで熟成している。彼らが店を出ていくとき、自分の一部が連れていかれたようにメルは感じることがよくある。彼らが衣装を着たままで亡くなると、養護ホームのスタッフがちゃんとメルのところに服を戻してくれる。衣装はどれも、メルのつけた番号が縫いつけられている。一度、死神の衣装を着て踊っているときに心臓発作を起こした女性がいた。メルはそれを聞いて大笑いし、笑いを止めるために自分の手を噛んだ。ホームから来た看護師は、自分が貶められたかのようにメルを睨みつけた。家に戻って、洗面所の鏡の前で別の笑い方を試してみたけれど、もう遅いと気づいて笑うのをやめた。

メルは何を着たらいいか伝えるだけではない。偽の血用にどんな食用色素を買えばいいか教え、ソロモン・マフラング・ハイウェイのそばの包帯倉庫までの地図を描き、アザが月の満ち欠けのように変化する様子を示し、お客の頭蓋骨にフィットし、持参した招待状のテーマにも予算にも見合うウィグを提供する。

ファンタジーを助言する商売、心許ないものだとメルは考える。

「あなたハゲてるから、ウィグで遊んでみてはどう?」

女は眉をひそめ、笑い出し、自分の頭に手をふれる。メルは軽く受け取ってほしいと思う。ウィンクをしようとしてやめる。脚立を出して、お気に入りのウィグを取り出す。『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』を思い起こさせるけばけばしい紫のプーフ(18世紀に流行した高く結い上げた女性の髪型)についた日付タグを見る。

「2015年以来これを貸し出してないから、この辺の人は見たことがないはず。写真映りがいいわよ…」

女の目が輝く。

めまいを起こしそうなウィグには巨大な白い蘭の花が埋め込まれている。メルがカウンターに置くと、花の中央のピンクのくちびるがフルルと震えた。ウィグの両側から太い緑の茎が巻きついて、その先っぽには様々な消化状態を示す、開いたり閉じたりのハエトリソウがついている。女はハエトリソウの赤い吸い込み口の一つに縫い込まれたゴムのトゲをつつく。

「これを被って、首から下は緑のキャットスーツかセパレートを着ればいい」とメルが言う。

「気がちがっているみたいじゃない、いくら?」

「一晩1000ランドに修理と補償金で400ランド、これは返したとき損傷がなければそのまま返金します」 メルが笑顔をみせる。

女がメルを見つめる。迷っているのかとメルは感じる。

「他には何があるの? ところであたしはボノーロ」 女はラジオの音量をあげ、腕を激しく振りまわす。「この歌、ほんとに好き」

「あーそうなの、これ歌ってる人が好きなの?」

「ダイアナ・ロス。きまってるでしょ」

「じゃあ、あなた友だちはいる、シュープリームスができるわよ」

「シュープリームスがロイヤルファミリーと会ったときに着てたクリーム色のタートルネックのスパンコールドレス、あれのレプリカを作ったの。1968年、ロンドンでのショーのあとに着てたやつ。本物はすごく重いんだけど、こっちのはずっと軽いの、いまの時代のスタミナに合わせてね。どう気に入るかしら?」

「とても手が込んでいて好きよ、でも一人で行くから」

メルの胸が高鳴る。

「このピンクのキラキラしたジャンプスーツはどう? 彼女はいつもこういうのを着て歌ってたわね。そうしたらセンター分けの、たっぷりしたロングカールのウィグをつければ」

「ボリュームがあるわね」

「すごく80年代風よ」

電話が鳴って話が中断され、メルはガーフィールド・猫型電話を手にとる。

「オール・トゥモローズ・コスチューム・パーティーズです」、メルがそう言う。

ボノーロがラジオの音量をさげ、駐車場の水場に目をやる。子どもたちが裸足でそこで遊んでいる。熱くなった石の上に足を置き、それから水流に足をつけて冷やす、それを交互に繰り返している。荷を積んだカートを押す母親が来て、小型ワゴン車に子どもを連れ去る。別の父親が同じことを数分後にやる。彼らが車に到着したところで初めて、ボノーロは何か落ちていると気づく。真空パックのステーキがカートから落ちて、濡れた石の上に残っている。ケースの上に水しぶきがかかるのを見ながら、普通の肉より色が濃い、とボノーロは思う。トビカモシカ? つやつやしている。彼女は店の入り口まで行くとノブに手をかけ、ガラス戸を息で曇らせながら、走っていって手にもった肉を振って、彼らに知らせようかと考える。でもあの人たちはあれやこれや持っていたし、と思い、走り去っていく彼らを見つめる。

「ホントなの?!」

ボローノはメルが急いで紙を引き寄せ、何か書き留めているのを見ている。メルがガチャンと受話器を置くと、その顔には溺れた人のように深い疲労感が漂っていた。それでメルが訊いたとき、ボノーロはいいわよ、と答える。

***

そこに行く途上、メルはボノーロのあらゆる質問に答えようとする。メルは1年間この衣装を探しつづけてきた。白人の男がそれを借りたことをメルは覚えている。男はプロテインシェイクをずるずる音をたててすすりながら店に入ってきた。メルはすぐにこの男がインディー映画の衣装を探しにきたのではないとわかった。男はメルに声をかける前に、実際より自分を大きく見せようとしてるのか、筋肉を誇張するように動かしていた。メルはその無駄な努力にニヤリとした。190cmあるメルは、いつだってモンスターだった。男はサンゴマ(伝統的なズールーの信仰治療を行う人)の衣装を探している、妻のコールワのために、と愛おしそうに言った。

「どういう意味なの?」(そういう名前は聞いたことがなかったから、ボノーロ、彼に尋ねたの)

「『信じる』っていう意味だって」(南アフリカのソト語の名前)。

赤と黒のアクセントがある白地の衣装だった。男はあらゆる飾りものを持って帰った。赤と黒のビーズ付きのイウィサ(ズールーの槍)、それに合うビーズのヘッドバンド、赤いドーク(ズールーのターバン)、アンバーイ(頭や体を包むプリントの布)、ネックレス、アンクレット、タカラガイとビーズのブレスレット、ヌーの尻尾で作った黒のイショバ*。衣装はハンガーからとったとき、綿とビーズにしては重く感じられた。これはしょっちゅう着るものではないのだろう、男のために衣装バッグとアクセサリー入れにそこにあるものをしまうとき、メルはそう思った。ンコシ・ママ(ズールー語でありがとう)のあいさつのあと、男を見ることはなかった。

*イショバ:占いや儀式で、サンゴマが使用する道具の一つ。様々な動物の脂肪やハーブで覆ったイショバを、ビーズで飾り、パワーをチャージする。

「何年も前に、パーティでその衣装を着たんだ。でもその夜、あたしは悪夢を見た。悪夢があたしの体を動物みたいに捉えた」

ヴォートレッカー記念碑通り過ぎるとき、彼女はボノーロにそう話した。記念碑は丘の上にどっしりと据えられた、花崗岩による記憶。

「気味が悪いね。それを本当に戻してほしいの?」

「おかしいとは思うけど、どの衣装もお面もあたしのものだから」

「わかるよ。で、誰が彼が着てるのを見たの?」

「ルムカ、、、あたしの友だち」

ルムカはたぶん、もうメルの友だちではない。これについて彼女は、はっきりとはわからない。何ヶ月もメルは彼女を見ていなかったけれど、二人は4年間、歯と舌のような(緊密で補完し合う)関係だった。それに彼女は、メルが他の誰にも言っていなかったサンゴマのことについて電話をしてくれた。彼女のことを久しぶりに考えていたら、クレイブンAメンソールのエクストラロングの鼻をつく匂いがワゴン車の中によみがえる。メルは窓をあける。メルは服を見ればそれが衣装かどうかわかる。二人が初めて出会ったのは、自分の意思では出ていくことのできない、明るく真っ白な無菌室みたいな病院だった。メルはルムカが自分の人生のあらゆる部分を、年齢に似合わない悪趣味な美貌で覆っていることに気づいた。あの人には惹き込まれる雰囲気がある、沼みたいな。

二人は100種類のビール樽があるバーで、チリポッパー(バナナ・ペッパーの中にモツァレラチーズを入れて揚げた食べ物)をよく食べた。そして自分たちの30代に不満をぶつけた。火葬用の薪をくべるように、一晩中、整然と恨みつらみや怒りを積み上げていった。ウェイターは水曜日にはいつも、彼らのために一つテーブルを用意していた。ルムカは片耳が聞こえなかったから。彼女の目立つ補聴器は人の目にとまりやすかったが、それにもかかわらず、彼女はそのことを大声でみんなに言いたがった。酒を飲んでいないとき、彼女は大学の気象学者だった。気候変動は常に天候の悪化を意味し、これを彼女は個人として受けとめている。夏のよく晴れた日であっても、彼女は空を睨みつけ、そこにある潜在的な災害から目を逸らさない。メルは彼女のことをいつも不安気に、恥ずかしさを感じながら見ていたわけではなかった。ルムカと彼女は結婚のようなことをしていたことがある、そうメルは回想する。そしてずっと忘れていたものが、むずむずと湧きあがる。彼女は自分を卒業したのかもしれない、メルはそう感じている。まっすぐに成長したのではなく、横道に外れて。

道は空っぽで静か、みんなラグビーを見るために、ロフタス・スタジアムに殺到したのだ。記念碑を通り過ぎて、二人はファウンテン・バレーに車を走らせる。求めている衣装からもう、そう遠くはない。ワゴン車は静寂に満たされる。二人の女はそこで何を見つけるだろうと考える。二人は普通の外観の家の私道に車を乗り入れ、とりあえず玄関の方に歩いていく。母屋は荒涼として人けがない。泣き声がメルをとらえ、その声の方に歩いていく。メルとボノーロは多肉植物の生える庭に立っていた。隅の方に隠れるようにトタン屋根の小屋がある。小屋の窓から中を覗く二人を藪の茂みが隠す。すぐにメルはそれが自分の衣装だとわかる。

太いキャンドルと細いキャンドルが部屋の壁に沿って、人の列のように不揃いに並んでいる。黒いキャンドルだけ火が灯り、残りのキャンドルは押し黙り、古びた葦のマットが床を覆っている。メルは窓ガラスに部屋の熱気を、そしてボノーロの細い指を背中に感じる。中にいる男が、大声をあげ、体をゆすりながら、何かを突き上げ、手を震わせ、目を円盤のように見開いている小さな女のまわりを足を振り上げてドシドシと回っている。メルが聞いたことのない言葉を激しく唱え、最初は低く執拗に、次に大きく声を高め、狂ったように動きつづけている。そしてひざを落とし、口に唾をため、崩れ落ちた。背中を痙攣させながら、モゾモゾぶくぶくと言葉を吐き、白目だけがチカチカ光っている。男は突然、動きをとめ、棺桶から吸血鬼が姿を表すように起き上がり、手に隠しもったものを奇声をあげながら空中に投げつける。メルとボノーロは音に身震いするものの、目はそらさない。男は床に散らばったものを一つ一つ臭いを嗅いで、依頼主の女の足元にそれを投げつけると、突然歩みが老人のようになり、落ちている物(黒い2芯のキャンドルの間に挟まった赤いレゴ、割られたピスタチオの殻、壊れたドミノ、鍵にからまった幽霊のような七面鳥の叉骨)の間を足をひきずって部屋を横切る。メルはサンゴマの衣装を見つめる。いま衣装は男の体にふんわりとまとわりつき、盗まれた日から毎日着られていたみたいに汚れきっている。男は呆然としている女の前にしゃがみ、次の展開を不可解な片言の英語で指揮する。イソバのシューシューいう柔らかな音で区切られた、男のしゃべりを聞いてメルは顔をしかめる。メルはボノーロを見る。その目は女のむき出しのひざのそばにあるレゴやらピスタチオやらの不可解なものに向けられ、メルの視線がそこに合わせられる。するとすべてが耐え難くなる。

ボノーロは目の前の奇妙な儀式に目を奪われている。ガラスの割れる音を耳にし、尖った破片が雨のように自分の肩の上に飛んできてはじめて、メルが自分のそばを離れていたことに気づく。常軌を逸した見せ物の呪縛を解くように、レンガが窓を突き破っていた。レンガが男の頭に当たり、悲鳴をあげる女のひざの上に男が崩れ落ちる。赤いサボテンの花片が、引きちぎられた葬式の花束のように男の上に舞い落ちる。

二人がそこを逃げ出し車を飛ばしているとき、ボノーロは両手で顔をおおって泣き叫ぶ。メルは激情を追い払いながら、裏通りを乱暴な運転で進む。郊外の長くつづく道が、メルの極度の興奮と熱気をおさえる冷湿布となる。狂気を目撃し、あり得ないほどそれに接近したことで、二人はうまく会話ができない。

  「あいつらは全部うばう」
  メルがハンドルをパンチする。
  「それで、あいつを殺したの?!」
  「欲しいからと言ってすべてを手にしてはいけない人もいる」
  「あんた頭がおかしいよ! あれをあの男に売らなきゃよかったのに!」

二人の間に氷の沈黙。ボノーロにとって、それはメルの辛辣なひとこと以上に嫌なものに感じられる。メルはいくつかのスピードバンプで速度をゆるめる。ADTのワゴン車が横を通り過ぎ、武装した男たちが、このあたりは安全だと伝えるために親しげに手を振ってくる。静寂の中、メルは成したことの結果が自分の中で溶けはじめ、汚れた手が目の前でぼやけはじめる。メルは運転をつづける。どこにいるのかよくわからないままに、しかしそれは問題ではない。そして高速に入る。出口車線のところで、ボノーロは車から飛び出し、ドアを開けたまま出ていく。恐怖に捉えられて走り去るボノーロ。自分の命が危ないと思って、ヨハネスブルクにつづく高速の狭い路肩を走っていく姿をメルはじっと見る。ボノーロはこの世に存在する最後の人間となるのだろうか、とメル。

***

メルは明け方、戻ってきた衣装を処理するため、店を開ける。棚卸し、帳簿整理、フォローアップの電話といった仕事が目の前にある。コーヒーを飲みながら、道の反対側にいるホームレスの男に目をとめる。そこに建物はなく、未完の建設現場があるだけ、建つ前に抵当流れになったビルだ。あの男だ。フランケンシュタインみたいな大きな傷跡が、ブロンドのスポーツ刈りの頭に畝のように伸びている。そして音楽もないのに、ゆっくりフラフラとつまずくようにステップを踏んでいる。男がモールの方に顔を向ける。メルはパニックに陥り、座ったままさらに固まる。男がメルに視線を向ける。二人の目が合う。男の視線が紙きれのように頼りなく空っぽだとわかる。彼にとってメルは、街灯や店や地面と変わりないのだ。男の姿が小さくなっていくのを見つめ、筋肉を一つ一つほぐすようにゆっくり緊張をとき、メルはコーヒーを飲み終える。オール・トゥモローズ・コスチューム・パーティーズの店舗前のステップにビニール袋が放置されている。入り口まで行ってメルは袋の中をのぞく。中の生地が濡れてダメになっている。ピンクのキラキラしたジャンプスーツに擦れた跡がある。11月2日のことだった。ショッピングモールの木曜日。

だいこくかずえ訳
原文:All Tomorrow's Costume Parties

エフェミア・チェラ(つづき)
チュラの作品は、Wasafiri、New Internationalist、Jalada、Short Story Day Africa anthologies、Brittle Paper、PEN Passages: Africaなどに掲載されている。現在、人と人の間に生まれる多様な親密さ、クィア、女性性、アフリカの歴史について書くことを楽しんでいる。デビュー小説『チキン』は2024年に映画化された。現在、Johannesburg Review of Booksの寄稿編集者を務めている。代理人はPontas Literary & Film Agency。
*エフェミア・チュラのエッセイ『予想外だったケイン賞』がこちらでお読みいただけます。


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