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淡い笑い

#創作大賞2024 #お仕事小説部門


そうですね。え、新しい職場の話、ですよね。ええ、そこそこやってます。あ、いやな人とかいないです。とくに?パワハラとか?そういうのないし、ああの、みんなそうですね、親切に教えてくれるしうん。あ、仕事の内容、合ってます。めっちゃ好きです今の仕事、資格も取らせてもらえそうだし正社員にもなれそうだし。感謝してます本当。

そうですか。よかったです。なかなか、転職はしたけれど今の職場が合わないとか、そういう人が多いから、何かあったらと思ってね。心配してましたけどね。Rさんは、なんでもそつなくこなすし、手際がよくて速い、周りとも協調出来るって評判いいですよ。

あああーありがとうございます。でもまだ慣れないので、結構、時間はかかりますよ。

そのペースでいいとおもいますよ。

そろそろうんざりしてきた。当たり障りのない会話が上手過ぎて、落ち度が無さ過ぎて。こういう「問題のない対象者」の、「そつのない会話」の「ミスのない運び」は、正社員紹介の企業としては願ったりのこと。けれど、何かが決定的に退屈。


白いドアの向こうから、男の足音が聞こえてきた。



え、ああ、あははは。
会話の間中、淡い笑いが続く。
この淡笑には、不思議な魔力がある。
どうか攻撃しないでください、という弱さのアピールのような。それでいて、これ以上の質問にはおこたえしかねます、というある種の拒否のような。この面接の主導権は、確実にあなたから私へ切り替わりますよ、という距離の表明でもあるような。
派遣会社で紹介予定派遣のカウンセラーを始めて10年ほどがたった。面接を行ってきたなかで、この淡笑いが充満し始めたのは、ここ数年のことだ。

いや、職場の面接の場だけじゃない。
世の中の至る所に、いつの間にか淡い笑いが充満している。え、そこで笑うの?という笑い。こちらの緊張をさりげなく緩和するかのように見せかけて、実はより緊張を高める効果を持つ、えへへあはあー、という笑いの、スキル。


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