つるむ二人①

  一人一人で関わってみると実は良い人なのに、誰かとつるむと嫌な人間になる類の人達がいる。それらは恐らく、一人でいることが苦手な人達なのであろうが、一人が二人になるとやたら強気になるのが、私個人としてはとても嫌だ。
 
 KとTは、私の恩師である。私は六歳からモダンバレエを習っているが、二人はその師匠だ。
 私は多い時で週に四日、レッスンに通っていた時期があった。踊ることで目指すものがあり、一日でも多くレッスンに参加することで、ひたすら向上しようとしていたのだが、稽古は地域の公民館などを借りて行われていた為、曜日によって通う稽古場は違っていた。   
 月曜から金曜までは、二人共個別の稽古場で指導しており、土曜日の大人のクラスのみ合同で指導に当たる。私は火曜日にT先生、金曜日にK先生の指導を受けた上で、土曜の大人のクラスに参加する…という形を長年取っていた。因みに、水曜(K)の稽古場は遠過ぎて通うのが大変であり、木曜(T)は生徒数が少ない時のフォローのような形で参加したことがあるくらいで、いずれも長続きはしなかった。
 火曜日の稽古場はフローリングでスペースも広く、師匠を含め、生徒同士の趣味が似ていたこともあり、毎回とても楽しかった。レッスン内容も、カンパニーの主催であるK先生とは違ったT先生なりの趣向が見て取れることから、日によってどんな工夫が凝らされるのかと、毎回わくわくした。
 金曜日の稽古場は絨毯敷きで、あまりレッスンに適さない造りであったが、自宅から自転車で五分という立地であり、小学校時代から通う慣れ親しんだ場所。K先生は年々面倒になるのか、レッスン自体は割とワンパターンであったが、私の思考では到底及ばないようなものの考え方をする人で、悩み多き乙女(?)だった私にとって、有力な相談相手だったことから、金曜日の稽古場は毎回溜め込んでいたものを解消してもらえる大切な場となっていた。
 どちらの恩師も私にとっては尊敬に値する大人で、火曜日も金曜日も毎回律儀に通っていたのだが、土曜日だけは違っていった。
 稽古場はフローリングで、一部には鏡も設置されていたが、とても手狭であった。それなのに大人のクラスの拠点であった為、生徒数が一番多く、狭い部屋が更に狭くなる。経験年数の長い高校生以上の大人ばかりなので、師匠ががっつり指導に付くことはなく、レッスンは個々の記憶に基づき、ワンパターンに続いた。
 その間、師匠二人はひたすら喋っているのだが、時々K先生から檄が飛ぶ。金曜日のレッスンでは言わないようなキツイ言葉や一方的な怒りが、直球で生徒にぶつけられるのである。時にはその日の機嫌で怒鳴り、普段していることが、その時に限って怒りの原因になることもあった。
 それに対し、T先生は何も発しない。土曜日に限り、K先生の前ではT先生もまるで生徒のようで、K先生の檄に納得しているから黙っているのか、それとも見て見ぬフリをしているのか、〝障らぬ神に祟りなし〟と思っているのか…激昂するK先生の横で、表情一つ変えないまま、ターゲットになっている生徒を見つめるだけであった。
 いつも私は稽古中、レオタードの上にTシャツを着ていた。主な目的は、吹き出す汗を吸収してもらうことであったが、学生時代、酷い肌荒れに悩まされ、顔に限らず背中も酷い状態だったのと、体が自由に動かせない感覚に囚われることから、レオタードの下にブラジャーを付けないようにしており、上半身を前も後ろも隠したかったというのが実際の理由であった。着替えの時、いずれにしても少なからず人の目に触れる為、私がノーブラなのも、背中が痛々しいのもバレていただろうが、その日、K先生の怒りは私のTシャツに向けられた。
「そんなもん着てるから、ちゃんと出来ないんでしょうが!今すぐ脱ぎなさい!」
 稽古着に対して規定はない。この日、稽古着でTシャツを着ていたのは私だけだったが、普段から皆其々好きなものを着ているし、Tシャツを着ているから出来ないという理由も変である。師匠などはレッスン中殆ど動かないせいで寒いのか、二人ともトレーナー着用ではないか。
 しかしK先生の怒りは収まることを知らない。拒否などすれば平手が飛んできそうな勢い。私は凍りついたが、他の生徒も凍りついていた。成すべきことは他にない。私はTシャツを脱いだ。
 この日に限ってレオタードは白であった。自分では絶対選んで買わないが、発表会で着用したのを買い取ったそれは、今のような吸水率の良い薄手のスムースではなく、オペコットという光沢のある張り付くようなテカテカ素材。最悪だ。
 T先生は例の如く何も言わない。他の生徒も黙ったままである。K先生は満足したのか、それとも引くに引けなかっただけなのか、激昂状態を維持し、私は恥辱に塗れたまま稽古を続けた。
 こういうことが再々続いた。常に私がターゲットだったわけではないが、K先生もT先生も、土曜日は別人になる。自分の気分次第で感情を爆発させる人と、常に素知らぬフリをして介入を拒む人。一人一人と関わっているとき、私はどちらも尊敬したし、好きであったが、土曜日はどちらも嫌いであった。
 踊ることが好きで、私が稽古を辞めることはなかったが、土曜日のレッスンに行くことはやめた。それは、年を経ると共に生徒の顔ぶれが変わって行ったこと、そんな中で、大人のクラスの生徒として、私が発表会に出るのを辞退したことから、年度後半の殆どを振付に費やす土曜日のレッスンに、通う意味を見出せなくなった…というのが表向きの理由であったのだが、やはり土曜日の二人が嫌いだったというのが一番大きい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?