ハードル part2

 学校司書として働く。前回そう書いたが、もう既に辞めることを考えている。まだ働いてもいないのに…。
 今日、配属先の二校中、昨日とは別のもう一校へ引継ぎに行った。
〝授業〟というものに参加し、実際に仕事として行う作業の、一部を手伝う。週五日の内、三日間を通うその学校は規模が大きい。三日間、一時限目から六時限目まで、担当の時間割がびっしり入っていた。
 仕事はそれだけではない。事務的な仕事や整理業務、書き上げればパニックを起こしそうなので、これ以上書けない。
〝授業〟の合間の十分休憩にも、生徒は図書室にやってくる。これから私と入れ代わりに退職しようという司書に訊いてみた。
「こんなにみっちり授業が入っていて、休憩時間も対応に追われて、お手洗いとかどうするんですか?」
 生理現象は切実な問題だ。特に私は水分を多く欲するので、トイレにもマメに行く。しかも昨日行った学校も今日行った学校も、埃が酷く、私は何度も咳込んだ。時々咳込んで吐きそうになるくらい酷いこともある。水分失くして緩和は難しい。不安が募った。
 彼女の話を聞き、私の不安は更に激しく増す。
「トイレに行けないので、食事時以外、水は一滴も飲みません。図書室は飲食禁止だし、晴れの日はまだしも、雨の時は図書室に行列が出来る。カウンターから離れられないから…」
 私は恐怖に怯えた。
 話に因ると、食事もままならないという。昼休憩も、食べたらすぐに持ち場に戻り、最低限の時間さえ確保されていないようであった。
 しかも、六時限みっちりの三日中、事務作業をする時間が殆ど取れないという。ではいつするのかといえば、夜の七時・八時まで残ってするらしい。
 冗談じゃないと思った。
 彼女の雇用形態はアルバイトだ。時間給だが、残業分の給与が支払われているとは思えなかった。
 私は嘱託職員として採用されるが、任用通知書の時間外勤務は【無し】と記載されている。因みに、ボーナスと呼ばれる特別手当も退職金も同じだ。
 以前同じ市の別の職種で、嘱託職員として働いた。
 勤務時間は守られ、休憩もきっちり取れた。有給休暇も申し出を却下されることは先ず無い。それぞれに融通し合っていた。
 しかし今回はどうも危うい。〝学校〟という場所で、〝授業に穴をあける〟ということがどういうことなのか、どれほどいけないことなのか、私は理解したくない。有給休暇は支給されているのに、使えないということになる。プレッシャーが大き過ぎた。
 パソコンで言葉を綴りながら、胃が委縮するのを感じている。私の心ははっきりと声を上げていた。
『とてもじゃないが続けられない』
 
 この日、役所から渡された任用通知書には、交通費についての記載がされていた。申請したバス代が却下されていることに気付いたのは、帰宅した後だった。1キロに僅かに届かない…つまり徒歩圏内だということで支給されないという。バスに乗れば4分で付く距離が、徒歩ではその四倍はかかる。これから夏の盛りに突入する中で気が遠くなりそうになったのは、その前に十五分の道のりを自転車で走らなければならないせいであった。
 気分がどんどん萎えていく。
 結局今日も、学校施設の案内ひとつなかった。
 引継ぎ事項は仕事内容に限った。しかも辞める彼女は相当量の仕事を中途半端に残していく。引き継ぐ者への配慮に欠けると感じる一方で、仕事量の多さが現状に追いついていないことを実感せざるを得なかった。
 取り敢えず明日から出勤する。
 休みの申請もするつもりでいる。
 サボっていると捉えられても、トイレに行くつもりにしている。
 しかし、始まってしまえばそれどころでは無いかも知れない。私はいつも、知らず知らずに自分を追い詰める癖がある。友人の言葉を借りれば、「常に全力疾走」「いつも一〇〇%」らしい。心当たりがあるのは、必死で目の前のことに立ち向かい、帰って倒れ込む…という長年の就労生活を振り返れば解る。過労に気付かずに、体調の異変を感じた途端、突発的に高熱を出すという悪い癖もあった。
 共に職を探し、雇用保険の全額受給を目指している友人に、メールで現状を知らせる。私の就こうとしている仕事に対する意識が覆されたらしい返信内容を見て、私が感じている不安とは、決して非常識なことではないのだと思った。
 やっぱりおかしいのだ…。
 友人は書いていた。
〔労働基準監督署に言うべき…〕
 そこまで考えが及ばなかった。
〔無理は禁物!とにかく実態を把握して動こう!〕
 本当にその通りだと思った。まだ始まってもいないのだ。唯、恐怖心を果てしなく煽られただけ…。恐らくそれは現実で、私自身はそれに対応しようとしていない。
 希望を持って明日を迎えられそうにはない。しかしやってみなければ何も出来ないのだ。取り敢えずやってみて、無理なら直訴、それで改善が無ければその道に拘る理由はない。私は仕事より、自分の体が大事だという結論に、随分前から気付いている。
 親を安心させたかったが、また暫く心配させるかも知れない。
 母は言った。
「しんどくなって心身壊されるより、時間かかっても合ったところ見つけてくれる方が良い」
 愛だと思った。

 

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