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夫婦は、一番近い他人だ。
私と夫は、本当にびっくりするくらい合わない。
恋愛の熱が冷め、隠していた本来の趣味嗜好が表に出てきてから今まで、同じものを見ていいねと言ったり、相手への遠慮なく同じものを選んだという記憶がない。
私は幼い頃から本が大好きだけど、彼が本を読んでいるのを見たことがない。というか、家には彼の本が一冊もない。
私はクラシックが好きだけど、彼は1分で寝る。
美術館に誘っても面倒だと言って行かない。
DVDでも観ようかとレンタル店に行っても、観たい作品が全く違うため、ひとつも決められずに出てくることになる。
私は山や自然が好き。彼は虫のいるところには一切行かない。
彼はサッカーが好き。私はルールもよく知らない。
更に趣味嗜好に留まらず、生き方に対する考えまで違う。
家父長制の家庭育ちの彼は、ジェンダーとか言う言葉が大嫌い。
選択的夫婦別姓の話をしたら、心底嫌がられた。そんなことを発言すること自体、結婚を軽視している証拠だと。
大黒柱の夫が頑張って稼ぎ、家族は彼を敬う。妻は家事育児をこなし、いつも一歩下がって夫の後ろを着いていく。そんな家庭で育ったから仕方ないのかもしれない。
でも、私からすれば、同じ会社で同じように仕事をし、大して給料に差もないのに何故そんな発想になるのか判らない。
発言の節々から、多様性に対して寛容でない様子も伝わってくる。
…というと、悪口のようになってしまうけど、夫は非常にバランスの良い、愛情深い人である。大切に育てられ、道を踏み外しかけたこともなく、素直に育ったせいか、本当に困ったときは、絶対に味方になってくれると信じるに足る人だ。
周囲からの評価も高いし、家事もよくやるし(嫌嫌ながらかもしれないが)、子供達とも遊んでくれる。彼と出会えた自分は幸福だ、と心から思っている。
とは言え、ありとあらゆることに対する意見が合わない私達。しかもどちらも割と主張するので、表面だった対立が起きやすい。
合わない、というのは、心に余裕のあるときは、「違った見方もあって新鮮」くらいに思えるのだが、うまく回らなくなってくると厄介だ。
何も理解してもらえない、一緒に楽しむこともできない、分かち合えない、とないないづくしになってしまう。
もしもっと合う人とだったら、違う人と結婚していたら、とたらたら考えたりもする。
だけど、よく考えてみたら、合う合わない、がこんなに判る相手って、夫婦をおいて他にいないのではないだろうか。
どんなに仲の良い友人でも、細かい趣味嗜好までは知らない。親のことだって、なんとなくはわかるけれど、子供に見せていない部分もあると思う。
だから、今、とても合うなぁと思っている人だって、一緒に暮らして様々なことをシェアしていけば、ぶつかる場面があるかもしれない。
たまに「一切喧嘩しない」という夫婦の話を聞いて羨ましくなることもあるけれど、その夫婦を見ていると、だいたいどちらも非常に穏やかで、人と争うことや自分の意見を強く主張することを好まない人たちだ。
そもそも私とは違うので、恐らく自分が誰と結婚しても、彼らのようにはなれないだろう。
夫婦は、所詮、異なるバックグラウンドを持つ他人だ。
しかも、誰よりも一番近い他人だ。
多くの人が感じていることだと思うが、誰かと暮らすのって、本当に難しいことだ。譲ったり飲み込んだりしながら、調整していかなくてはならない。結婚は人間を磨く修業だと思えるほど。
…と、ちょっと最近、もう何度目かの悪循環ループに入っている中で思った訳ですが。
偶然が重なって、縁あって出逢えて結婚まで出来た相手だ。
他人であるからこそ分かり合えないし、誰よりも近い他人だからこそ、それなりに居心地よく過ごせるように心を配らなくてはならない。
こうやって、近づいたり離れたりしながら、それでも最後にはこの人と居られてそれなりに幸せだったな、と思えるようでありたい。
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