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あるVtuberの配信が、わたしにまた絵を描く勇気をくれました。

人に自分の描いた絵を見られるのが怖い。そう思うようになって、もう1年になる。

中学生のころまでは趣味の合うクラスの友達に自信のある絵だけ見せては、「うまいねぇ」「すごいじゃーん」なんていう、わたしの自尊心を満たしてくれる言葉を引き出そうとばかりしていた。

しかし、高校生からはじめたTwitterやpixivでのイラスト発信。「もっと褒めてほしい」という気持ちの延長ではじめたそれに対する閲覧者の反応は、あまりにもリアルでどろどろとした人間の汚い部分をわたしに突きつけてくるものだった。いま思うと中学生のときの友達は本当に優しかったのだと思う。

「この右手の描き方おかしくない?」「このくらいのうまさの人はいくらでもいるんだよなぁ」「もっとデッサンの勉強した方がいいと思うよ」「狙いすぎてるわ」「他の絵師が同じ構図で描いてましたよ」「学生なら絵描く時間もっと増やした方がいいよ」「才能ないわ」「何か言われるのが嫌だったら、発信やめたがいいと思いますよ」

息苦しい。いや、わたしだって自分の絵がまだまだなんて知ってるよ。有名絵師の人の絵がどれだけすごいかも知ってる。なにより自分自身が、そんな絵師のイラストを毎日食い入るように憧れの目で見続けていたのだから。

憧れの絵師の背中を追いながら、何十枚も絵を描いては発信してきたけれど、次第に新しい絵を描く手が重くなっていき、あるとき急に発信をすることも絵を描くことも全部なんだか嫌になってやめてしまった。

ぼんやりとただ見るだけになってしまったTwitter。そこにはわたしの絵が供給されなくなってしまったことなんかおかまいなしに、有名絵師の新しい絵がいまも供給され続けている。

きれいな絵、かっこいい絵、かわいい絵、そんなわたしがうらやましく見つめることしかできない絵が並び続けるタイムライン。その中にまぎれた、「絵を楽しく描き続けるコツ」というバズってるツイートに目がとまった。

「うまく描こうと思わないようにしましょう」
「恥ずかしがらずに人に見せましょう」
「描きたいときに描くようにしましょう」
…しましょう。…しましょう。

そんな大層すばらしいコツを眺めながら、意識せず口から言葉がこぼれ出ていた。

「そんなこと分かってる」

恥ずかしいから誰かに見せたくないのではなく、誰かに見せるのがどうしても怖いから見せられない。描きたいとき、描きたくないときが絵師にあるのだとすれば、わたしはいま1年もの間、描きたくないときを過ごしているのだろうか。

人の絵がうらやましくてしょうがない。ただ憧れで見ていた絵に、今では悔しくていいねを押すことができない。こっそりと隠れるようにして眺めている。「描きたい」という欲求はあるけど気がのらない。わたしの心も体もなぜだかすごく重たいものに感じられて、冷たい空っぽの時間だけがすぎていった。

そんななんでもない日々をすごしていたある日。わたしの大好きな絵師の方がイラストやアバター制作を担当している、あるVtuberの配信をよく見るようになった。心動かされる楽しい時間を少しでもすごしたいと求めていたのかもしれない。

そのVtuberが今後、Apexのゲーム大会にほかのVtuber2人とチームを組んで出場するそうだ。頑張ってほしいと思った。しかし、いつも楽しく見ていた配信に、あのリアルでどろどろとした人間の汚い部分を押し付けてくる空気がまじってくるようになった。

「下手すぎるわ」「それだと他のメンバーの邪魔になるよ」「さっきの試合は勝てたのに」「あーあ」「もっと練習したがいいと思う」「流行りのゲームにのるよりいつもの配信したらいいのに」「他のチームを応援することにします」「頼むから足だけは引っ張らないでほしい」「いろいろ言われるのは配信者なんだからしょうがないでしょ」

目の前を真っ黒に塗りつぶしてくるあの感じだ。わたしにはどうしても耐えられなかった息苦しさ。でもそのVtuberは、大会のはじまるまでの期間、ずっとそんな罵詈雑言にじっと耐えながら毎日10時間以上も練習をLIVE配信し続けていた。チームメンバーと声をかけ合いながら、まっすぐにゲームをしていた。

そして、ゲーム大会当日。くしくも3位という結果に終わったけれど、メンバーからかけられた「〇〇さんはほんと頑張りましたからね」「このチームでやれてよかったっすわ」という言葉に少し照れながら泣く姿をみて、わたしもスマホを前に1人泣いてしまっていた。

何かに本気になるってこういうことなんだ。最近はあまり泣くこともなくなってきていたけど、自分自身を重ねたそのVtuberの姿に心が大きく動かされていた。仲間と励まし合いながら、もがきながら、前に進み続けていく。そんな姿をかっこいいと思った。

「わたしも強くなりたい」

絵描きの世界で、同じ目標を持つ人たちと絵を描いていきたい。見えない誰かを怖がる自分のままでいたくない。つくったものを「どうよ、わたしの絵」と自信を持って発信できる人になりたい。

手元のスマホの新着に届いた有名絵師のイラストにいいねをつけた。スマホの画面をオフにして、ポケットにいれる。

机の横にある収納棚。1番下の引き出しの奥にしまわれたペンタブを取り出し、机に置き直した。1年前まで置かれていた定位置はいまも覚えている。

ペンタブの表面には薄いホコリがかぶっていた。そのホコリをわたしは丁寧にタオルでぬぐった。

※この話は、実話とフィクションを含みます。

ショートショート タイトル:
「あるVtuberの配信が、わたしにまた絵を描く勇気をくれました。」


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