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おとなのわるだくみ

「甘いものを頼もうと思うんだけど、」と言われて、バッと視線を上げた。

甘いものを頼む!
そんなことが許されていいのだろうか!

友だちの部屋を訪れたとき、「今日は甘いものないんだよね〜」と言われた。
べつに構わない、と思った。
そりゃあ、あなたと食べる甘いものは魅力的だけど、そのために来ているわけではない。
玄関が開いて、「おつかれ」とか「ただいま」とか言った瞬間に、わたしはもう満足している。
ばんごはんを食べにきているわけでもなく、何なら話もしなくていい。
べつに理由はないけど、顔を見に来ているだけだった。

この日のわたしたちは、ばんごはんを適切な量で食べることに成功し(いつもはふたりでいると浮かれて、食べすぎてしまう)、かなり良い気分だった。

そして、1時間後「甘いもの」発言へと繋がってゆく。

ばんごはんをウーバーイーツすることはめずらしくないけれど、「甘いもの」だけウーバーする?
そんな幸福が許されるのだろうか。
むしろ、何が届くの?

「クレープ、頼もうと思うんだけど」と言われた時点で、わたしのテンションは最高潮だった。

クレープ、
それはクレープ屋さんでしか食べられない特別な食べ物。
おうちで食べるシュークリームとも、かしこまって食べるケーキとも違う。
出先で食べ歩くタイプの、あのクレープを食べられる機会っていうのは、ほんとうに少ない。
だって、おなかがすいていたならごはんを食べる。
クレープには辿り着けない。

「ひとつはシュガーバターにしようと思う」という意見に、激しく頷いた。
「もうひとつはどうする? バナナ? いちご?」と尋ねてくれたので、わたしは迷わず「いちご!」と答えた。

届いたクレープを半分ずつに切って、お皿に並べる。
手で持って食べるあの感覚とは違うけど、2種類を食べられて、わたしたちは幸福だった。
「おうちでクレープを食べてる…」
テレビに映った映画「ヘラクレス」を見つめながら、わたしはうっとりとつぶやいた。
家でクレープを食べたのは、初めてかもしれない。

「お外でしか食べられないものってあるよね」
「クレープとか」
「ラーメンとか」
家でどれだけ真似ても、なにか違う。

「たこ焼きとか」
「最近たこ焼き食べてないなあ」
わたしたちは、しみじみ頷く。
そしてわたしは気づいてしまった。

「ねえ!」と勢いよく声を上げる。

「今度、たこ焼きを注文しようよ!」
それはいいね、と彼女も頷いた。

「でもたこ焼きだけだとごはんって感じしないから、マックでハンバーガーも頼もう。
 あ、ポテトも食べたいから、大きいハンバーガーをひとつ頼んで、半分にしよう!

 でね、なんか映画見るの。見たことあるやつとか、気軽に見れるやつ。
 それでね、途中で昼寝したりしちゃうの。
 で、起きたらなんかお腹空いたなーとか言って、残ってるたこ焼きとポテトを食べるの!
 あったかいのも美味しいけど、冷めてもおいしいねとか言いながら!」

勢いよくしゃべるわたしに気圧されながら、友達は笑った。「なにそれ」
「そういう身体に悪いことを、贅沢にしてみたい!」
悪魔的な組み合わせな食事に、うっとりする。
「そうだね」と、友達も頷いた。
「それは、”ワル”だね」

そうだよ。
わたしたちはこんなささやかな、”ワル”を楽しみながら生きていきたいじゃないか。

おとなのふりして、きちんと呼吸をしていることを装うことは、年々うまくなる気がする。
でも、怪獣のような幼さだって、ぜんぜん死んでない。
悪いこと、ああ、なんて甘美な響きなんだろう。

この日の夜は、たこ焼きに思いを馳せながら帰った。
わたしたちはこの悪巧みを、遂行するかもしれないし、しないかもしれない。

それでも、こんなことで愉快になれてしまう事実や、実行は容易いと思えるような暮らしは、
確かに、わたしを勇敢にしてくれている。




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