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プリングルスを飲み込む休日を、幸福と呼べるようになった。

休みの日の朝は、ごろごろと過ごす。
何度も寝返りを打って、スマホを見て、
気づくともう一度眠っていたり、おなかが空いたらようやく起き上がる。

いつもは、そうやって過ごしているけど、今日は違った。
外出の予定はない。
でも、特別な”予定”が訪れる。

今日は、大好きなソシャゲの4周年イベント、第2部の配信日!!!!!

休みを取ろうと思っていたわけではないけれど、シフトを調整していたらうっかり休みになっていた。
こんな幸福があるだろうか、ここ数日のわたしは浮かれていた。
新キャラの情報をチェックして、会った友達に手当たり次第話してゆく。
ここのところのわたしの口癖は「ソシャゲのことだけ考えて生きていきたい」だった。
純度100%の幸福は、スマートフォンの中の、冒険の物語に在る。

イベント配信の11時までに、身なりを整える。
出掛けるわけじゃないけど、コーヒーも飲んで、バッチリ準備を済ませる。
新しいイベントも楽しみだったけど、「今日まで」と「今日から」のガチャが同時に引けるのは、ここから先の数時間だけ。
イベントを楽しむだけなら何時からだって構わないけど、この瞬間を逃すわけにはいかない。

新しいキャラの性能をチェックして、どのガチャを引くのか、一生懸命考える。
ガチャを引ける回数は、もちろん制限付きで、望んだキャラが手に入るとも限らない。
じっくり悩むその瞬間も、幸福だった。

ガチャを引いて、さあいよいよ物語の世界へ!
と、意気込みながらそわそわする。
この部屋のどこで、物語を紐解いていこう。辺りを見回す。

そんなに場所が選べるほど広い部屋じゃないけれど、
ベッドに寝転がると最終的に身体が痛くなるし、
パソコンを使うわけではないのにデスクチェアに長時間座るのもしんどいし、
のんびりコーヒーも飲みたいから、床置の小さなテーブルの横に座る。
薄い青、縁取りは明るいピンクの、子供用の折り畳みテーブルは、お気に入りのアイテムだった。
いまなら、花も飾ってある。

買ったばかりで、もふもふの枕を抱えて、ようやくわたし座り込んだ。
耳にはもちろん、AirPodsを装備。

完全な状態で、物語にのめり込む。
25に区切られた物語なのに、2話目あたりから号泣してしまう物語と、わたしの愚直さを愛さずにはいられない。

途中でおなかがすいたので、立ち上がる。
冷蔵庫には、昨日買ってきたという半額のお弁当が入っていた。
温めればすぐに食べられるけど、そうじゃない。
食べることに集中したくない。物語に集中したい。
しかし、空腹は集中力を欠いてゆく。

キッチンを見回して、食べかけのプリングルスを見つけた。
これだ!!!
わたしは、青いテーブルにティッシュを引いて、プリングルスを並べていった。

これだ、と思う。
わたしの幸福は、確かに、きちんと、此処にある。

言葉にすると、なんとまあ愚かなことかと思うけれど、かつてのわたしは「幸福になること」を恐れていた。
苛烈さこそが至高であり、自分が生み出す音や歌詞は、そこから生まれてくるのだと信じていたし、今思えば実際にそうだったのだと思う。
細い呼吸を続けてゆくことだけが、わたしを許してくれた。

二十代の頃、
食べるために仕事をして、職場はライブハウスで、音楽のことばっかり考えて、毎日学んで、考えて、
仕事をしていない時間はスタジオに入って、ときどきライブをして
音楽活動って、音楽をやるだけじゃないから、次のイベントやスケジュールのことを考えて、ライブハウスの人とメールのやり取りもして、ライブの宣伝もする。
自分の企画を立てているなら、出演者を決めて、声を掛けて、断られてもして
CDを作るといえばレコーディングもする。
エンジニアやバンドメンバーの予定を抑えながら、曲のアレンジを進め、その合間にプレス会社を調べて、料金を見比べる。納期の確認も忘れてはいけなくて、それに沿ってまたスケジュールを立ててゆく。
あ、そういえば最近新曲作れてないなあ、と気づいて思い立てば、それも同時進行。
移動中や、作詞のときは新曲のデモを聞き続ける。

家にいるときは、ぼおっとしていたような気がするけど、もう覚えていない。
信じられないくらい、何も思い出せない。眠るだけに帰っていた家。

でもきっと、こんなふうに思っていた。
「またサボっちゃった…」

あの頃は、音楽に関わらないすべてのことが「サボり」のように思えていた気がする。
そして、幸福を恐れていた。
満たされてはならぬ、と当然のように思っていた。

いちばん恐れていたのは、恋人の存在だったと思う。

あなたの隣にいると、満たされる。
音のない世界でも、生きてゆける。
わたしにはそれが、恐ろしかった。
あなたの隣で、わたしは確かに幸福だった。

おとなになったわたしは、チーズ味のプリングルスを飲み込む。
一枚じゃ足りなくて、どんどん手が伸びてゆく。

あの頃は、お菓子を食べたりもしていなかった気がする。
お菓子は満たされるし、わたしは満たされるべきではなかった。
幸福であることと同時に、「音楽以外」にお金を使うことも恐れていた。
スタジオ代、ライブノルマの数千円は平気な顔して払うけど、
コンビニで100円払うならカロリーの高いおにぎりを買って、身体を動かさなきゃいけないと思っていた。

もういいよ。と、声がする。
わたしはささやかに幸福だ。
スマートフォンの物語の中に、チーズ味のプリングルスの中に、コーヒーの中に、
「用はないけど」なんて言いながら、一緒にいてくれる友達とのなんでもない時間の中に
いたるところに、わたしの幸福は確かに在る。

それでいいよ。
ようやく、わたしはわたしを許している。
苛烈さを欠いても、物語は続いてゆく。
悪くない続きを、紡ぎ続けて、わたしはよく笑って、きっとそれでよかった。

「30代になってね、負のエネルギーじゃないものでモノを作るということを知ったんだ」

30歳になったばかりの頃、友達から聞いた言葉を、いまでも思い出す。
ほんとうに、そうなのだと思う。
殴り合った先じゃなくても、わたしに似合う答えはきっとある。

これからのわたしは、まぬけさとやさしさを携えて、幸福を恐れずに生きてゆくのだ。

ああ、来月の3部の配信が、本当にたのしみだなあ…



(わたしを生かしてくれる物語)



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