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「元気そうで、よかったよ」

Sちゃん、という友達がいる。

いまではしれっと「友達」だと思っているけど、Sちゃんのことは「大学の先輩の友達」と認識していた。
詳細は覚えていないけれど、確かにそういう出会いだった。

20歳か21歳くらいの頃、新宿で一緒にライブをやって
23歳か24歳のころ、これまた別の共通の先輩を通して、一緒にスタジオに入ったこともあった。

これくらいの年齢のときは、今より多少”上下関係”を意識していたし、いまよりうんとトガっていた。
Sちゃんも、今より少し近寄りがたい雰囲気があって、お互いの存在は認識していたけど、会う頻度は多くなかったし、友達と呼べないまま何年も経ってしまった。

そんなことをしているあいだに、別の友達からSちゃんの話を聞くことがあった。
「Sちゃんって、あのSちゃん? 俺が加入する前のバンドで、ドラム叩いてた人だよ」と言われたときには驚いた。
わたしたちの”界隈”と呼ばれるものはあんまり広くないし、知らないところで誰かが繋がっていることなんてよくあるけど、やっぱりびっくりした。

久し振りにSちゃんに会ったのは、12月28日の町田プレイハウスだった。

ライブを終えて、みんなと話していたら、スーツ姿のSちゃんが現れた。
「Sちゃん」、とみんなが彼を呼んだ。
わたしも、「Sちゃんだ」と呼んでみた。
むかしは、名字に「さん」をつけて、敬った呼び方をしていたし、知り合ったのはずいぶん昔で、接点が多かったわけじゃないから、Sちゃんはわたしのことをそんなに覚えていないかもしれない。
わたしは、共通の知り合いである「大学の先輩」と、「以前にSちゃんがドラムを叩いていたバンド」の人とすごく親しいだけだった。

正直、こんなに面と向かってしゃべったのは、初めてかもしれない。
でも、わたしたちはごくごく自然に「元気?」と言葉を交わした。

せっかくなので聞いてみた。
「Sちゃんと先輩って、そういえばなんの知り合いだっけ?」

「あいつはねえ、ふしぎなんだよ」と酔っ払いながら言うSちゃんも、わたしにとっては充分不思議な存在だった。
「友達なんだけどねえ、なんだっけかなあ…」と言う。
出会いを思い出せない友達っているのか!??
わたしはびっくりして、いくつかの共通の話題を振ってみた。

「同じ大学じゃないよね?? わたしは、大学の後輩なんだけど…」
大学の名前を確認してみたけど、やっぱり違った。

「”ノイズ”の人??」と、先輩が長いことバイトしていたカフェの名前を出してみた。
「あいつがノイズでバイトしてたのは知ってたし、よく行ってたけど」
出会いに繋がる回答は得られなかった。

「むかし、一緒にライブやったんだよね。Lって名前のバンド…」
「それ、わたしのバンドだわ。そのライブの前に、先輩と知り合いだったんじゃないの?」
20歳の頃まで記憶を遡らせてみたけど、やっぱりわからなかった。

「でも、あいつは良いやつなんだよ…友達なんだよ…」
そう言って、Sちゃんは笑っていた。
出会いについては、今度先輩に会ったときに聞いてみよう、と誓った。

Sちゃんは、不思議な人だった。
いろいろ縁があるのに、ひっくり返してみても、なんにもわからなかった。
いままでも別に親しく話した機会はほとんどなかったけれど、妙に記憶に刻まれる存在だった。
まあ、「先輩の友達」で「知り合いの元バンドメンバー」で、一緒にスタジオに入ったことがある相手なら、そりゃあ忘れないのかもしれないけど…

でも、確かに言えることは、いま町田プレイハウスにいる誰よりも早く、わたしはSちゃんに出会った。ということだった。

付き合いの長い人たちには、22,3歳から25歳くらいまでのあいだに知り合っている。
わたしが、ライブハウスで仕事を始めた頃だ。

Sちゃんと知り合ったのは大学生の時で、大学の友達以外で、こうやって今でも会って話せる友達っていうのは、ほとんどいない。

「元気そうでよかったよ」と、酔っ払ってSちゃんは言う。
わたしも、「しあわせそうでよかったよ」と言う。
Sちゃんは少し前に、結婚した。

「会えてよかったね」と、わたしたちは生産性なんかないけど、あたたかな言葉を紡ぎ合う。
共通の友達を誘って、今度飲みに行こうね、と笑う。

Sちゃんと会えてよかった、と思う。
元気そうでよかった、と心底思う。

20歳の出会いから、細く長く続いた物語の続きが、ハッピーであったことを知れて、これ以上嬉しいことってばない。
あのときより少しおとなになって、今更だけど肩を叩きあえて、わたしは本当に嬉しい。
「元気そうでよかったよ」と言ってもらえたことも、やっぱり嬉しかった。

帰り道にわたしはもう一度、「Sちゃんに会えてよかった」とほほえんだ。




こういうことがあるから、ライブハウスってすてきだと思う。

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