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クチサキ

「口で言ってるだけなんですけど」

そんな風に言われたことを、覚えている。
前に住んでいた家で、弟と呼んでいる人が、遊びに来てくれたときのことだったと思う。
何年も前のことなのに、そのときのことを、覚えているような気がする。
あの頃、わたしたちはふたりとも二十代だった。

わたしたちは、人生の迷子だった。
ライブハウスで出会ったのに、ふたりとも音楽活動をしていない頃だったと思う。
ちゅうぶらりんの一人暮らしだった。

弟とはたまに、人生とか、目標とか、そういう話をする。
そんなときに、弟が言ったのだ。
「曲を作りたい」とか「バンドをやりたい」って。
そして、「口で言ってるだけなんですけど」と。

そのときの、弟への返事を覚えている。

「口先だけだっていいじゃん。
 本当にダメなときは、口先だって出ないよ」


実現可能か難しいことは、あんまり他人に言いたくない。
そして、本当に苦しいときは、夢を語れなくなる。
語れるような夢がなくなったり、夢そのものが自分の首をしめたりすることもある。

「口先ばっかり」と言われてしまうこともある。
確かに、口先ばかりで努力をしていない姿は、格好悪いかもしれない。

でも、「口先ばっかり」て自分が他人に言っちゃうときは、
きっと、悔しいだけだから。
自分は「口先だけ」ですら語れないのに、勝手に自分で諦めているのに、自分は叶えられなかったのに、「なんでおまえばっかり」で、「口先ばっかり」になる。


結局そのあと弟は、曲を作り、バンドを作った。
あんまり日の目を見ることはなかったようだが、あの日わたしに語った夢を、確かに叶えた。

もうあのバンドは活動していないから意味はない?
意味があるかどうか、決めるのはこの先の君だから、大丈夫。
君が蓄えたものを抱えて、のんびりと次の夢に向かえばいい。
夢が見つからなければ、じたばたすればいい。
また、わたしの話を聞いて欲しい。
わたしは君に話しながら、自分の夢を整理したり、「口先だけ」の話をする。
その中で、君も何かを見つけられたらいい。見つからなければじたばたすればいい。繰り返せばいい。
夢がないことに飽きたり、不安になったりしたら、
夢を作るための努力を、一緒に始めよう。


わたしは今日も、
君から、とびっきりの「口先だけ」を待っている。

わたしも、抱えた不安のような「口先だけ」を
いつか、君に話したい。


photo by amano yasuhiro


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松永ねる
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