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わたしたちの夏

ドォンーーー

夜8時、空が鳴った。
「花火かもしれない」と、同居人は言った。

7月24日(昨日)、オリンピックの開会式が予定されていたこの日
日本の何処かで花火が上がる、と言った。

そんなに毎日、花火なんかあがらないんじゃないかな

そんな風に思ったけど、「外に出てみようか」と言われたので、「うん」と答えた。



家を出ると、上の階の人も顔をのぞかせていた。
「なんにも見えないよ」と声が聞こえてくる。

やっぱり花火だったのかもしれない
わたしたちは、顔を見合わせて歩き始めた。

ドォンーーー

音が響く
そうしてわたしは、空の向こうが明るく光るのを見た。



少し歩いたら、道沿いに少しだけ身を乗り出している人がいた。
こどもとおばさんと、5,6人くらい。
ドォンーーーまた音が鳴り響く。
そうして少し、歓声が上がる。

わたしたちも、車に気をつけながら、少しだけ身を乗り出した。


花火だった。

それはもう、圧倒的な花火だった。
「すごいですね」
「でも、雲がかかっちゃってるねえ。あ、また見えた」
わたしたちは浮かれて、自然と見知らぬギャラリーたちと言葉を交わした。

「あっちのねえ、橋のほうが本当はよく見えると思うんだけど」
「それにしてもきれいねえ」
「あ、雲がはれてきたみたい」

そうしてわたしたちは、”この夏は花火を見た”と言ってもいいくらい
大きな花火を見た。



アンコールの最後にふさわしいような大きな花火が上がって、
今夜のショーは終了した。

「よく見えてよかったね」
「たのしかったね」

「どのへんに住んでるの?」
「すぐそこの裏の、」
「じゃあ、ご近所さんね」

10人にも満たない、近所の集会だった。
それは、わたしたちにとって、ほんの小さな夏祭りのようだった。

治安の悪い地域ではないけど、
こうして、のんびりご近所さんと話すことは稀だった。
なぜだか、すごくふしぎな気持ちになった。

「おやすみなさい」と言って、
わたしたちは順々に、家へと帰っていった。



「今日は良い日だったね」と、同居人が言う。
日中もうれしいことがあったばかりだった。

「そういえば、あなたと花火を見たのは初めてだよ」と告げた。
紆余曲折ありながら、”わたしの心の中にある、大事な人用の席”に
このひとは、6年も7年も座り続けているのに
花火なんて、見たことがなかった。

「今日は、家族とごはんを食べて、ビールを飲んで、花火を見た。
 近所の家からは、カレーの匂いがして、まさに夏」

同居人は、満足そうに頷いた。
その横顔を見ながら、”この夏も、悪いものじゃないかもしれない”と
わたしも、ぼんやりと思っていた。



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