わたしたちの夏
ドォンーーー
夜8時、空が鳴った。
「花火かもしれない」と、同居人は言った。
7月24日(昨日)、オリンピックの開会式が予定されていたこの日
日本の何処かで花火が上がる、と言った。
そんなに毎日、花火なんかあがらないんじゃないかな
そんな風に思ったけど、「外に出てみようか」と言われたので、「うん」と答えた。
*
家を出ると、上の階の人も顔をのぞかせていた。
「なんにも見えないよ」と声が聞こえてくる。
やっぱり花火だったのかもしれない
わたしたちは、顔を見合わせて歩き始めた。
ドォンーーー
音が響く
そうしてわたしは、空の向こうが明るく光るのを見た。
*
少し歩いたら、道沿いに少しだけ身を乗り出している人がいた。
こどもとおばさんと、5,6人くらい。
ドォンーーーまた音が鳴り響く。
そうして少し、歓声が上がる。
わたしたちも、車に気をつけながら、少しだけ身を乗り出した。
花火だった。
それはもう、圧倒的な花火だった。
「すごいですね」
「でも、雲がかかっちゃってるねえ。あ、また見えた」
わたしたちは浮かれて、自然と見知らぬギャラリーたちと言葉を交わした。
「あっちのねえ、橋のほうが本当はよく見えると思うんだけど」
「それにしてもきれいねえ」
「あ、雲がはれてきたみたい」
そうしてわたしたちは、”この夏は花火を見た”と言ってもいいくらい
大きな花火を見た。
*
アンコールの最後にふさわしいような大きな花火が上がって、
今夜のショーは終了した。
「よく見えてよかったね」
「たのしかったね」
「どのへんに住んでるの?」
「すぐそこの裏の、」
「じゃあ、ご近所さんね」
10人にも満たない、近所の集会だった。
それは、わたしたちにとって、ほんの小さな夏祭りのようだった。
治安の悪い地域ではないけど、
こうして、のんびりご近所さんと話すことは稀だった。
なぜだか、すごくふしぎな気持ちになった。
「おやすみなさい」と言って、
わたしたちは順々に、家へと帰っていった。
*
「今日は良い日だったね」と、同居人が言う。
日中もうれしいことがあったばかりだった。
「そういえば、あなたと花火を見たのは初めてだよ」と告げた。
紆余曲折ありながら、”わたしの心の中にある、大事な人用の席”に
このひとは、6年も7年も座り続けているのに
花火なんて、見たことがなかった。
「今日は、家族とごはんを食べて、ビールを飲んで、花火を見た。
近所の家からは、カレーの匂いがして、まさに夏」
同居人は、満足そうに頷いた。
その横顔を見ながら、”この夏も、悪いものじゃないかもしれない”と
わたしも、ぼんやりと思っていた。
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