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催花雨に導かれて

霧雨が降ると、思い出す。


上京して、憧れたライブハウスでの仕事に、まだ不慣れな頃だった。
眼鏡に帽子姿の彼は、わたしよりずいぶん年上に見えた。
ステージの上では力強い歌を、孤独そうに奏でるひとだった。
群れから外れた、一匹のライオンを思い出させる。

霧雨、というのは彼が歌っていた曲だった。

霧雨って、なんだかやさしいようなイメージなのに
声を張って、張り上げて、ずいぶんと暴力的な曲だった。
孤独が叫んでいた。

彼はもう、霧雨を歌わない。

彼はもう、孤独に許されたのだろうか。
そんな雨は、必要なくなったのだろうか。



そういえば、彼と出会ったのは春だった。


いくつもの春をめぐり、桜を見送り、
憧れた東京の空の色は、あの頃と変わったのだろうか。
わたしにはわからない。

それでも、
あのときの彼も、わたしも
おとなになったいまも、

催花雨に導かれ、思い出を囲いながら
今日もこの街で、暮らしている。






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