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禁断のお菓子

「ねえ、」
KALDIで、後ろを向いていた弟に声をかける。
「これ、はんぶんこしない?」

それは、禁断のお菓子だった。



この、”禁断のお菓子”とは、大学を卒業して間もないころに出会った。
在学中から、うたとピアノのユニット活動をしていたのだけれど(わたしはピアノ)
一時期だけ、パーカッションの人をいれて、3人で活動をしていた。

下北沢の、ボーカルの家。
彼女の部屋は、いつもモノが少なくて片付いている。

彼女の家に寄ったのは、スタジオ後の打ち合わせだったか、ライブ後の打ち上げだったか覚えていない。
ただ、3人で彼女の部屋にいた。

テーブルの上に、見慣れない丸い入れ物に入ったお菓子があった。
「なにこれ」
「ハイチュウみたいなやつだよ」
「食べていい?」
「いいよ」
あんまり、”だめ”と言わないやさしいひとだった。

「うまい!!!」

ハイチュウみたいだった。
外国のハイチュウ。
禁断の甘いやつ。
そもそもわたしは、おとなになった今だって、グミを愛している。

帰る頃には「すごい減ったね!」と彼女は笑っていた。
いつものハイチュウだったら「食べきってしまった悪い」という頭が働くのだけれど
たくさんあったので、たくさん食べていいような気がしてしまった。
二十代前半の、ありあまる食欲と
パーカッションの人も、けっこうたくさん食べる人なので、ふたりでつられてあって、たくさん食べてしまった。



なんで集まったかすら思い出せないのに、
あの日の夜のことを、いまでも覚えている。

Damla、という名前のお菓子だ。

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今回は「Damla SOUR」がセール商品となっていた。
いつものはSOURはまだ食べたことがないけど、セールの文字がわたしの心をくすぐる。
全部を食べてしまうのは罪深いけど、弟と半分なら許されるのではないか。
(同居人は甘いものを食べないので、普段はシェアができない)
むしろこれは、弟へのプレゼントだということにしたっていい。
久し振りに、弟と買い物に来た。
他に、買うものもある。
いろいろな条件が整い、高揚感がわたしの背中を後押しした。



「うおっ、これっ、すっぱい!!!」

SOUR味は、中にすっぱい成分が入っていて、結構なすっぱさを感じた。
弟も同じように「すっぱい!」「何味がわからないけど、4種類ありますね」と言って、いくつかつまんでいた。

すっぱいことが幸いして、連続でいくつも食べることができなかった。
言い換えれば、ひとつで満足度の高いお菓子で、中毒性は低かった。

わたしは約束通り、半分をジップロックに袋に入れて、弟に渡した。
半ば押し付けたような、プレゼントとも言えないようなものだけど「ありがとうございます」と、律儀に、ていねいに受け取ってもらえて、悪くない気分だった。



わたしは今日も、Damlaを食べる。
少しずつ食べる。

あの夜みたいに、大量に食べることはできないけれど。
あの夜、わたしたちが持ち合わせた感傷や衝動を、わたしは全然覚えていない。
そういえば、ボーカルの人にも、パーカッションの人にも、もう何年も会っていない。
ふたりとも結婚した。
わたしだけ、亡霊みたいに、大学生の抜け殻みたいな暮らしをしている。


げんきだよ、と思う。
もう何も覚えていなくても
最近は、ライブもしていないけれど
わたし、うたを歌うようになったよ。
絶対に歌いたくないって言ってたのにね。
あのころは、散々甘えてごめんね。
ちょっとはおとなになれたと思うけど、どうだろう。
でもやっぱり、Damlaは好きなお菓子だよ。

実はさ、KALDIであいつを見かけるたびに
君たちのことを、思い出したりしていたよ。


わたしは、元気だよ。
今日も食べて、元気になるよ。
この先の人生でも、きっとDamlaを買うよ。

禁断のお菓子だから、食べ過ぎない程度にね。




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