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神様のケーキ

スターバックスで、ケーキを食べた。

わざわざ言うことだろうか、と疑問に思うかもしれないけれど
そういえば、ケーキを食べるのは久し振りのことだったと思う。

はじまりは、甘味料さんのエッセイだったかもしれない。

パンプキンのバスクチーズケーキ
このエッセイを読む前から、「気になる」と思っていたのが
読んだあとは「絶対に食べたい」に変わっていた。

季節限定商品だから、あるうちに買わなくちゃと急いだ。
コーヒーだけ買って帰ろうと思っていた午後だった。

それから調子に乗って、スイートポテトのシフォンケーキも食べた。
スターバックスの椅子に座ってケーキを食べるのは、久し振りだなあと思う。

そう、久し振りなのだ。
ケーキは、友達の家で食べるもので、ひとりのときには買わない。
友達とスタバにくるときも、フラペチーノかコーヒー片手に、ケーキには手が伸びながった。

いま、あの日のことを思い出している。
スターバックスで見たひかりのこと

わたしはスターバックスで、コーヒーを飲んでいた。
帰る前に少しだけ休もう
家に帰ったら、だらけて眠るだけで
わたしはいま、ここに座る時間を買っている。
世界と接する時間を買っている。
買わねばならぬ、自分を励ますために。
そういう強い意志で、座っていた。

強いのは意志だけで、特に何をするわけでもなかった。
少しだけ手帳を開いたり、本を読んだり
でも、長くは続かなかった。

斜め前の席に、女子高生が座っていた。
都心から少し離れたここでは、老若男女がスターバックスを利用する。
そしてわたしは、制服を見かけると、ついつい見つめてしまう。
「東京の制服はかわいいよね」
「うちは、銀行員みたいだったから」
そう言って笑っていた、地元の友達を思い出す。
あのとき、強く同意したのを覚えている。
中学も高校も、紺色と白色しか使われていない簡素な制服を着ていた。
だから、”こちらの子”の制服を見かけると、ついつい眺めてしまう。

その子は、白い制服を着て、黒い髪を高い位置でひとつに束ねていた。
ああ、高校生だから派手に髪を染めたりしないのか、なんて思ったりした。
そんなルールがあったことを思い出す。
(30代になったわたしは白髪染めをしている。あのとき禁忌だった髪染めがいまは礼儀となったのだーーーこの話はまたこんど)

そして、すっと伸びた背で、フォークを握っていた。
さくっと切ったケーキを口に運ぶ。
それを繰り返す。
ひとりで、スマートフォンを見るわけでもなく、まっすぐと

テーブルの上には、ケーキだけだった。
いまのわたしにだってスターバックスはご褒美だけど、高校生だと意味合いが少し違うだろう。
ケーキを買ったら、コーヒーは買わないとか、買えない。
そうだ、むかしはわたしもそうだった。

たったひとつのケーキに、ゆっくりとフォークを落とす。
その姿がみょうに美しかった。

美しかった、というか
ひかりをまとったようだった。
神々しい、といったら言い過ぎだろうか。

少なくとも高校生のわたしは「ケーキを食べるため」にひとりでカフェに立ち寄ったことはない。
勉強をするためとか、ごはんを食べるためとか、そういうことはあったけれど
大好きだったミスタードーナツだって、友達とおしゃべりをするためにしか行かなかった。

彼女はいったい、何を乗り越えたのだろうか。
大きな事件かもしれないし、いいことがあったというような意味合いかもしれない。
もしかしたら、月に1度とか週に1度とか、決まって訪れているのかもしれない。

背筋を伸ばし、髪をピタッと結い、制服は白い
そういうのが相まって、やっぱり神々しかったんだと思う。

スターバックスのケーキ。
それはとてつもないギフトのように

わかる、わかるぞ女子高生。
そう思いながら、シフォンケーキにフォークを落とす。

甘いものなんて、どこにでもある。
コンビニでもスーパーでも買える。
値段も千差万別

でもここで、ひとりの時間で
しずしずと食べるケーキの幸福というのは、何かのひとつの儀式みたいに
よろこびの栄養が、身体中をめぐるのだ。



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