神様のケーキ
スターバックスで、ケーキを食べた。
わざわざ言うことだろうか、と疑問に思うかもしれないけれど
そういえば、ケーキを食べるのは久し振りのことだったと思う。
はじまりは、甘味料さんのエッセイだったかもしれない。
パンプキンのバスクチーズケーキ
このエッセイを読む前から、「気になる」と思っていたのが
読んだあとは「絶対に食べたい」に変わっていた。
季節限定商品だから、あるうちに買わなくちゃと急いだ。
コーヒーだけ買って帰ろうと思っていた午後だった。
それから調子に乗って、スイートポテトのシフォンケーキも食べた。
スターバックスの椅子に座ってケーキを食べるのは、久し振りだなあと思う。
そう、久し振りなのだ。
ケーキは、友達の家で食べるもので、ひとりのときには買わない。
友達とスタバにくるときも、フラペチーノかコーヒー片手に、ケーキには手が伸びながった。
*
いま、あの日のことを思い出している。
スターバックスで見たひかりのこと
わたしはスターバックスで、コーヒーを飲んでいた。
帰る前に少しだけ休もう
家に帰ったら、だらけて眠るだけで
わたしはいま、ここに座る時間を買っている。
世界と接する時間を買っている。
買わねばならぬ、自分を励ますために。
そういう強い意志で、座っていた。
強いのは意志だけで、特に何をするわけでもなかった。
少しだけ手帳を開いたり、本を読んだり
でも、長くは続かなかった。
斜め前の席に、女子高生が座っていた。
都心から少し離れたここでは、老若男女がスターバックスを利用する。
そしてわたしは、制服を見かけると、ついつい見つめてしまう。
「東京の制服はかわいいよね」
「うちは、銀行員みたいだったから」
そう言って笑っていた、地元の友達を思い出す。
あのとき、強く同意したのを覚えている。
中学も高校も、紺色と白色しか使われていない簡素な制服を着ていた。
だから、”こちらの子”の制服を見かけると、ついつい眺めてしまう。
その子は、白い制服を着て、黒い髪を高い位置でひとつに束ねていた。
ああ、高校生だから派手に髪を染めたりしないのか、なんて思ったりした。
そんなルールがあったことを思い出す。
(30代になったわたしは白髪染めをしている。あのとき禁忌だった髪染めがいまは礼儀となったのだーーーこの話はまたこんど)
そして、すっと伸びた背で、フォークを握っていた。
さくっと切ったケーキを口に運ぶ。
それを繰り返す。
ひとりで、スマートフォンを見るわけでもなく、まっすぐと
テーブルの上には、ケーキだけだった。
いまのわたしにだってスターバックスはご褒美だけど、高校生だと意味合いが少し違うだろう。
ケーキを買ったら、コーヒーは買わないとか、買えない。
そうだ、むかしはわたしもそうだった。
たったひとつのケーキに、ゆっくりとフォークを落とす。
その姿がみょうに美しかった。
*
美しかった、というか
ひかりをまとったようだった。
神々しい、といったら言い過ぎだろうか。
少なくとも高校生のわたしは「ケーキを食べるため」にひとりでカフェに立ち寄ったことはない。
勉強をするためとか、ごはんを食べるためとか、そういうことはあったけれど
大好きだったミスタードーナツだって、友達とおしゃべりをするためにしか行かなかった。
彼女はいったい、何を乗り越えたのだろうか。
大きな事件かもしれないし、いいことがあったというような意味合いかもしれない。
もしかしたら、月に1度とか週に1度とか、決まって訪れているのかもしれない。
背筋を伸ばし、髪をピタッと結い、制服は白い
そういうのが相まって、やっぱり神々しかったんだと思う。
スターバックスのケーキ。
それはとてつもないギフトのように
*
わかる、わかるぞ女子高生。
そう思いながら、シフォンケーキにフォークを落とす。
甘いものなんて、どこにでもある。
コンビニでもスーパーでも買える。
値段も千差万別
でもここで、ひとりの時間で
しずしずと食べるケーキの幸福というのは、何かのひとつの儀式みたいに
よろこびの栄養が、身体中をめぐるのだ。
※now playing
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