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タピオカミルクティーの、やさしい記憶

友達が置いていってくれた甘いミルクティーを飲みながら、ふと思い出す。

一度だけ、
人生で一度だけ、タピオカミルクティーを飲んだ、あの夜のこと。

原作者が友人という、ただそれだけの理由だけで、2019年に放送されたアニメ「ギヴン」のバンド関連の楽器等々の監修作業をさせていただいていた。

「ライブのときの照明について、資料が欲しい」とお声かけいただいたので、
わたしは、町田プレイハウスマツムラに連絡をして、営業がない夜の日程を押さえていた。
照明のことを伝えるならば、「実際に曲を流して、照明をつけている動画」が、1番わかりやすい。

わたし自身、20代の大半をライブハウスで過ごし、照明は主な業務の一つだった。
上を見たら、わたしよりすごい人がたくさんいるのはわかっているけど、「照明」の仕事は、わたしが人生で唯一得た「手に職」かもしれない。
照明には、基本的なルールみたいなものがあって、わたしはそれを先輩から教えてもらった。

わたしはプレイハウスのシステムや、照明の種類を確認して、「こんなイメージでどう?」と提案をする。
試しにつけてみて、確認して、また歌詞を見て、「1番と2番は、こんなふうに差別化したらいいんじゃない?」と話し合う。
マツムラとわたしも会話は結構平和で、お互いの提案に対して「それもいいね!」と言いながら、ブラッシュアップを繰り返していった。

何度もやって、何本も煙草を吸って、
最終的なイメージを固めたあと、マツムラに照明をつけてもらって、録画したあの夜のこと、わたしはずっと忘れない。

実はこの作業のさなか、追加の連絡をもらっていて「新しい話をできるだけ早めにチェックして欲しい」ということだった。

わたしは終電を確認して、マツムラに「できれば一緒に確認して欲しい」と伝えた。

照明だけで終わる予定だったのに、急に次のチェックが入って、時間も限られていて
わたしたちはわたわたと、チェックをしてゆく。
そして慌てて、チェックした内容をまとめて提出する。

とにかく、慌てていた夜だった。
脳みそをフル稼働させて、わたしたちは必死だった。

作業が終わる直前か、終わったあとだったか、覚えていない。
だけど確かに、その瞬間プレイハウスのドアが開かれた。

入ってきたのは、プレイハウスの常連っぽい男の子で、わたしは会ったことがなかった(たぶん)
彼は、マツムラと少し話したあと、すっといなくなった。
わたしはそろそろ終電の時間だったので、荷物をまとめて、慌ただしく去ろうとしたところだった。

「これ、どうぞ!」

戻ってきた男の子が差し出してくれたのは、タピオカミルクティーだった。
「女の人は、みんなこれ好きって聞いたんで!」と、ニコッと笑っていた。

見ず知らずの男の子なのに。
わたしのこと、何者か知らないだろうに。
わたしだって君のこと、知らないのに。
なぜか、わたしの分のミルクティーも買ってきてくれた。

びっくりして、
でもなんだか、すごく嬉しくて
でも時間がないから、「ありがとう!」と何度も言って、わたしはプレイハウスを後にした。

ぼろぼろになって家に帰って、わたしはタピオカミルクティーにストローをさした。

流行っていたことは知っていたけれど、なんだか縁がなくって、1回も飲んだことがなかった。
ナタデココとか、タピオカとか好きだから、好みの飲み物だって知っていたのに。
わたしは、その瞬間まで、「タピオカミルクティーの味」を知らなかった。

「おいしい、」とつぶやいたわたしは、もう半分泣いていたのかもしれない。

「プレハで、知らない男の子がくれたんだ」と、
「よくわからないけど、すごく嬉しかったんだ」と聞かされた同居人も、よくわからない状況だったと思う。
でも、言葉の通りだった。

これが、わたしにとって唯一の、タピオカミルクティーの記憶だ。

だからわたしは、タピオカミルクティーを「美味しい飲み物」だと思っている。

やっぱりあれ以降、飲む機会はなかったから、すっかり忘れていたんだけど。
甘いミルクティーを飲んで、なんだか思い出しちゃった。

あのときの男の子に会ったら、お礼を言いたい。
タピオカミルクティー、美味しかったよ。
君は知らないと思うけど、あの夜さ、実は結構たいへんでさ、それを褒めてもらえたみたいで、なんだかご褒美もらえたみたいで、すごく嬉しかったよ。

ほんとうに、ありがとうね。

君がしてくれた、ささやかなやさしさが
1年以上経ったいまでも、やさしい明かりを、灯してくれているよ。



【photo】 amano yasuhiro
https://note.com/hiro_pic09
https://twitter.com/hiro_57p
https://www.instagram.com/hiro.pic09/

(写真は、町田プレイハウスの階段。当時は、この階段を見ながら、たくさん煙草吸ったなあ)







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