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顔も知らないあなたへ

チリン、

その音は軽く、遠くで聞こえた気がした。
ずいぶん控えめな音だった。

すぐに、自転車のベルの音だと気づいた。
そのときわたしは、工事中のずいぶん細い道を歩いていて、焦った。
反対側の道を自転車が通り抜けて行くのを見て、「ああ、あっちの自転車か」と思ったそのときだった。

「アリガトウ」

確かな声と、静かな音で、わたしの隣を自転車が通り過ぎていった。
ヘルメットに、競技用の自転車、おそらく2つ目以降の言語として習得された日本語の声。

たまたま道の端を歩いていたわたしの隣を、さあっと駆け抜けて行った。

一瞬の出来事すぎて何も言えず、後ろ姿を見送る。
この人がベルの主だったのだと、気づくのにしばらく掛かった。
颯爽と駆け抜ける姿は、すぐに暗闇にまぎれて、見えなくなってしまった。


「ありがとう」ってなんだか嬉しいね。
わたしならきっと、「すみません」って言っちゃってたな。

わたしは何もできなかったけれど、
なんだか、心に明かりを灯してもらったようだよ。

ありがとう、顔を見ることもできなかったあなた。
あなたのささやかな、そして確かな気遣いに感謝します。

どうか、良い旅を。
お気をつけて。



【photo】 amano yasuhiro
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