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となり
あの日のことを、覚えている。
久し振りに、スターバックスに座った。
おそるおそる注文したゆずシトラスティーが妙においしくて、少し泣いた。
「おいしい」という感覚は、夏から旅に出てしまっているので、今はもうほとんど会えない。
それなのに、おいしいと思えてしまったのだから、びっくりとじんわりしてしまった。
わたしはこの午後を、忘れない。
浮かれて、調子が良かったのだと思う。
「16時半まではここに座っている」と決めたのだから、時間はある。
少しだけ本を開いて読んで、それから手紙を書くことにした。
*
浮かれて、調子が良いと思いたかったのだと思う。
調子が悪くなったら帰らなくてはいけないとわかっていたけれど、まだ帰りたくなかった。
でき得る限りの全力で、わたしは今日という日を愉しみたかった。
それでも本は少ししか読めなくて、ポストカードの半分で手が止まってしまった。
いままでなら「ポストカードじゃなくて手紙にすればよかったな」なんて思いながら
最後の文字が小さくなってしまっていたのに。
なにを書いていいのか、わからなくなってしまった。
あなたに会えて嬉しかった。
そのことを伝えたい。
いまはうまく言葉が出ないけど
山の上のスターバックスで、わたしはいま、あなたを想っているのだと。
それは、ずいぶん拙く身勝手な手紙になってしまった。
もし、もう少し冷静だったならば、この手紙は送らなかったと思う。
わたしは一度だけ窓の外をぐるりと見回して、深く息を吸った。
だいじょうぶ、許してもらおう。
うまく書けなかったけれど、あなたならきっと、
笑って許してくれるだろうって。
*
今日、ポストを覗いたら白いポストカードが入っていた。
小さな窓から見える文字で、差出人を理解した。
筆跡っていうのはみんな違って、すぐにわかる。
わたしはいつも、安心してしまう。
白くて、上品な紙にきらきらの箔押し。
それはあなたが好きなもので、わたしの好きなものでもあった。
*
いつもは、ひとつ前の手紙の内容なんて覚えていない。
でも、わたしはあの日のことを覚えていた。
甘えてしまった午後のこと。
*
何でもいい。
たったひとことでも。
その言葉に、心臓がぎゅっと掴まれた。
楽しいでも、苦しいつらい悲しい嬉しいでも何でもいい。
たった一言だけでも。
これからも、あなたがその時感じていることを教えてください。
遠くて、それでも近い場所でそれを受け止めるから
手紙には、そんなふうに書かれていた。
*
うまく話せなくてごめんね、と事前に伝えてあった。
病気にかかってしまってから、以前と同じようにしゃべることが少し難しいのだ、と。
長時間話せないかもしれない。
そして会ったところで、具合が悪いとか、治療が痛いとか、通院が大変とか、そういう話しかできないかもしれない。
そりゃあ少しはおどけて、「鼻に綿棒入れるんだけど、それが10センチくらいあってさ」「味覚がないのに漢方の味がまずいのはわかるの」くらいは言えるかもしれないけれど。
わざわざそんなこと話しても、と思っていた。
だから約束もあまりしたくない。
でも、会いたい。
なにひとつうまくできないかもしれない。
一緒に食事をすることもできないどころか、コーヒーだって飲めない。
それでも、会っていいかな。
*
そんなわたしへの答えだった。
会えてよかった、というのと
ひとことだけでも、なんでも
その時に感じていることを、伝えても良い、というのは
わたしは確かに許されたのだ、と思う。
そしてわたしも願っている。
友達には、そんなふうに話して欲しい。
オチがなくても、楽しい嬉しいだけじゃなくても
惑うときに、言葉と誰かが必要ならば
どうか、話をしよう。
言いたくないならそれで構わない。
でも、「言わない」なんてそんな
寂しいこと言わないでくれよ、って。
わたしはきっと、友達にそう言うよね。
そしてわたしの友達もきっと、そんなふうに言ってくれる。
だからいまもなお、友達って呼んでいるんだ。
*
手紙は、北海道から届いた。
あなたは今日も、わたしの近くにいてくれているのだ。と思う。
※手紙を書いた日の日記
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