「誰か、煙草に火をつけて」
タイトル通り煙草の話なので、嫌いな方はごめんなさい
*
煙草を吸っていたら、同居人が手を伸ばしてきた。
なに?と思ってそちらを見ると、わたしの手からすっと煙草を奪っていった。
ああ、一口だけ吸いたかったのか。
そういうこともあるよね、とわたしは頷く。
同居人は深く、一度だけ煙草を吸って、わたしに返してきた。
ああ、そういえば
わたしは、知っている。
この、深くひとくちだけ吸う、その煙草のこと
*
もう、ずいぶん昔の話になる。
ふたつのバンドを掛け持ちして音楽活動をしていたときの、企画ライブ。
ふたつめに始めたバンドの企画ライブだったんだけど、わたしがもうひとつやっていたバンドも呼んでもらった。
出演順は、最後と、その前。
2ステージ連続の出演は、気持ちの切り替えが難しかった。
特に、最後に出るバンドの方は加入して間もなかったので、不安も大きかった。
ひとつが終わってすぐに、もうひとつが始まる。
「終わった」という興奮を、わたしは一度、沈めなければいけなかった。
「誰か煙草に、火をつけて」
そう言ったことを、覚えている。
当時は、みんなが煙草を吸っていた。
誰のでも良かった。
いつもの自分の煙草、じゃなくてもいい。
1本吸っている時間の余裕はない。
誰かの火のついた煙草を大きくひとくちだけ吸って、「ありがとう」と言えたかも覚えてない。
わたしは背筋を伸ばして、楽器を持ち替えてステージへと帰った。
*
そのひとくちで、生きられる、と思った。
これで大丈夫、と思った。
共に演奏を終えたバンドメンバーから手渡された煙草で、
そしてそれは、気軽にひとくちの煙草を譲り合える仲間で、
「いってらっしゃい」の気持ちで、吸いかけの煙草を受け取ってもらえて。
それで、充分だった。
ただの煙草だけど、
なんだか、充分過ぎる出来事だった。
*
もう、ずいぶん昔の出来事になっちゃった。
でも、覚えているよ。
あの日に鳴った、音があること。
分け合える仲間がいること。
いまは、あんまり会えないけれど、友達じゃなくなったわけじゃない。
共に培った時代が終わっても、消え去りはしない。
まだまだ僕たちは友達で、
まだまだ音楽はおもしろい。
きっと、みんなそうだから。
あんまり遠くならないうちに、会おうね。
また、遊ぼうね。
それまでずっと
みんなが煙草をやめちゃっても
わたしが、一筋の明かりを灯しながら
ピアノを弾きながら、生きてゆくよ。
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