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あなたでよかった、と思われる仕事

「なにより、あのお兄ちゃんが良い奴でよかったよね」と言ったら、
「そう!」と、力強く返ってきた。



友人の内見付き添い、2日目。
別に、「数日間かけてじっくり内見しよう」とか、そういう予定ではなかった。
1日目、1軒目の不動産屋で3つの家をまわったあと、なんだかピンとこなかった。
このあたりの家賃相場から考えて、風呂トイレ別という条件を掲げながらも、おそらくもっと良い物件がある、と思った。
そして1日目の夕方、2軒目の不動産屋に行った。

「まあ、とりあえずお茶でも」みたいなノリで、「条件どんな感じですかね?」と尋ねられ、答えながら一緒にパソコンの画面を覗き込んだ。
わたしたちが悩むと「じゃあまず、これで調べてみましょう」と言ってくれた。

いきなり、良い条件の部屋がいくつか見つかった。
最初に、良い条件の部屋が見つかりすぎた。
そのあともいくつか見たときには、「悪くないけど、さっきの部屋のほうがよかった」と思える状態が続いた。
「この部屋もいいとこあると思うんですけどね、何かないかなあ。あはは」と笑った、
言ってしまえば、親しみやすくて笑顔のすてきな担当さんだった。

内見したいと思える部屋がいくつかあったけれど、夕方で見られないという。
友人が明日も休みということ、そして次の休みは1週間後になってしまうということで、「じゃあ、明日来ます」と伝えた。

書類をいくつか印刷しているあいだに、「あのお店もうすぐ閉店になっちゃうんですよね〜」と教えてもらった。
わたしはこの近所に住んでいたけど、知らなかった。
「あっちのお店も閉店になっちゃうみたいで」と言われて、またびっくりした。
ひとり暮らしっていうのは、「近所の情報を共有できる人が少ない」という状況に陥りがちだ。
「あそこは、喫煙席もあってよかったんですけどね」「でも、喫煙席なくなっちゃいましたよね」「そう!そうなんだよね」と、敬語がしっかりしすぎていないところも、わたしは好きだった。

それは、わたしたちが年下だからバカにしている、舐めている、という感じが一切しなくて
本当に、「懐に入られた」というような感覚だった。



そして2日目。
わたしたちは3件の家を見たけれど、どれもとてもよかった。
この3つなら、友人を住ませても安心だと思った。

「自転車置き場は?」とか、「近所のテナントの様子」など、担当さんは丁寧に確認を取ってくれた。
そして最後まで、即決を迫ってこないところも、好印象だった。
あんまり、先回りをしないでくれた。
「気になるところありますか?」、あったら全部聞くからね。
話は全部、それからだから。というように、どっしり構えてくれた。

タケシ、というのがその人の名前だった。
たまたま、友人の親と、わたしの兄も、タケシという名前だった。
わたしの兄とは、字も同じだった。(ちょっとめずらしい、初めて見た)
同じ名前って、なんだかすぐに親近感が持てちゃう。



大切な友人を任せるなら、こういう人がいい。

不動産屋なんて、契約と解約のときにしか会わない、というケースもある。
でも、前の家を騒音で追い出されたとき(単身者用の建物に居候がいたのは申し訳ないけど、大してうるさくしていないのに、2度警察を呼ばれたので、出ていくことにした)、
契約時の担当さんと変わってしまっていて、全然知らない不動産屋の人が、ぎゃんぎゃんと殴り込んできて、たまらなかった。
その人はその人で、「警察を呼んだ住民」から、さんざん文句を言われて気の毒だったかもしれないけど、こちらの都合も無視して部屋に来たり、連日手紙を投函されるのは、本当にキツかった。
「警察を呼んだ住民」が、わたしたちの声を録音しているという話を聞いた時点で、もうダメだと思ったけど、「録音して証拠もあるんですからね!」と、不動産屋に強い姿勢で来られてしまったのは、退去の決め手になった。

この出来事については、「わたしの入居後、1年が経過して、上の階の住民が入れ替わったこと」で発生した。
本当に、人生なにがあるかわからない。
そして、この不動産屋にわたしが行くことも、友人を連れて行くことも、二度とないだろう。
系列店にだって、絶対に行きたくない。

このときの担当が、タケシさんならよかった、と思った。
こういうトラブルがあっても、話を聞いてくれそうだ、と思えた。
実際にどうかはわからないけど、そう思えることが大切だと思う。



そういう仕事をしたい、と思う。
そういう生き方をしたい。

仕事なんて実際、自分じゃなくてもいいことばっかりだ。
家の案内は、別に他の人でも、他の不動産屋でもできる。
自分がいなくても、きちんと世界はまわってゆく。

それでも、「あなたでよかった」と言われる仕事は、すてきだと思う。
「あなただから、安心して家を決められました」と思われるような、そういう仕事の仕方。

近所のスーパーにも、お気に入りの「彼」がいる。
彼はいつも笑顔で「いらっしゃいませ」を言ってくれて気持ちいいし、レジだって丁寧で速いし、「ありがとうございました」も、本当に気持ちよく言ってくれる。
彼を見つけたら、彼のいるレジに行ってしまう。

有限の時間の中、
自分の心のキャパシティだって、有限だ。
できるだけ、「安心な場所」にいたい。
安心で、もしよければ力や笑顔を分け与えてもらえるような、そんな人と触れ合いたい。
そうして”いただいたもの”で、心に生まれた隙間を、余裕を用いて、わたしも「安心な場所」を生み出す、そういう生き方をしたい。


わたしたちは、すごく晴れ晴れした気持ちで、2日目の内見を終えた。

もし、わたしの家の近くで家を探す、と誰かに言われたならば
わたしは迷わず、「タケシ」という名前の、あの不動産屋のお兄さんに会いに行くことを超絶お勧めする。



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