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君に伝えたい百の言葉

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あなたに伝えたい言葉が残っている。見失っても、百個積んだ先に何かがあるかもしれない。光を追う者のエッセイ集
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2021年6月の記事一覧

おとなのわるだくみ

「甘いものを頼もうと思うんだけど、」と言われて、バッと視線を上げた。 甘いものを頼む! そんなことが許されていいのだろうか! * 友だちの部屋を訪れたとき、「今日は甘いものないんだよね〜」と言われた。 べつに構わない、と思った。 そりゃあ、あなたと食べる甘いものは魅力的だけど、そのために来ているわけではない。 玄関が開いて、「おつかれ」とか「ただいま」とか言った瞬間に、わたしはもう満足している。 ばんごはんを食べにきているわけでもなく、何なら話もしなくていい。 べつに理

やさしさをまとって

「へえ、」 わたしはひとり、つぶやいた。 Amazonで買い物をするときは、クレジットカード会社のホームページを経由して、「ポイント2倍」の恩恵を授かっていたのだけれど、その優待がなくなったみたい。 残念だけど、仕方がない。 わたしがいますべきことは、失われた事実を悲しむよりも、笑って「他に使えそうなモノはないかなあ」と探すことだった。 わたしが普段使うサイトで、ポイント2倍になるもの。 調べてみたら、「ユニクロ」の文字を見つけた。 なるほど、これなら使うかもしれない。

わたしの未来を生きていて

メッセージを開いたら、写真が届いていた。 誰かの顔のアップで、それが送り主でないことだけはすぐにわかった。 「誰だよォ」と思いながら、タップした3秒後には泣いていた。 顔を見た瞬間、ほんとうに、じわりと涙が滲んできた。 ほんとうに、久し振りに見る顔だった。 仲間内で話題になっても、「最近会った」という人はいつもいなかった。 それでも、懲りずに名前は挙がり、「元気かなあ」とか、「元気だろうね」とか、思い出話に花が咲いたりしていた。 久し振りの集まりに顔を出したということは

ある日、夕方の記憶

歩き始めて数分経ったら、チャイムが聞こえてきた。 平日、夕方5時の音。 この平日は、わたしにとって休日で、「散歩にでも行こうかな」と思っていたら、こんな時間になってしまった。 梅雨の湿気も、夏の暑さも得意ではなく、憎らしいと思ってしまうのに、日が長いのはちょっぴりありがたいと思う。 夕方5時でも、明るい世界。 だらりと過ごしてしまった日中の罪悪感は、かんたんに打ち砕かれてしまう。 夏至は、もうすぐだ。 * チャイムの音が鳴り終わった頃、ジャージ姿の中学生をすれ違った。 背

小さな旅人

今日は、ここまででいい。 そう思っていたのに、「もう少し行ってみようかな」と蹴り出してしまう。 「もう少し」、わたしの人生はそんなふうにできている気がしている。 * 最近、帰宅時の散歩コースを開拓している。 いままでは、手前の駅で降りて歩いて帰る、というのが定番だったのだけれど、「こんなに迂回せずに、最寄り駅で降りてから散歩する方法はないか」と考えた。 思いついた、というほうが正しい。 そうだ、最寄り駅! この手もあったんだ! わたしは浮かれながらGoogleマップを開

キッチンの換気扇の下、煙草を吸いながら

ずたぼろだったあのころのことを、あんまり思い出したいとは思えないままだけど あの時期に於いても大切な記憶っていうのは幾つかあって、苦味と一緒に時々噛み締めている。 あのころ、 動かない右手を許せず、はっきりと当たり散らすこともできず、もやもやと過ごしていた。 許せないのは、右手じゃなくてわたし自身だったのだと、いまでは思う。 そしてそれは、しかたのなかったことだ、と。 幼すぎたし、苦しすぎたし、実際のところ不便すぎた。 家の外ではそれなりにしゃんと過ごしていたわたしが、弱