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クッキーはいかが?

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1200文字以下のエッセイ集。クッキーをつまむような気軽さで、かじっているうちに終わってしまう、短めの物語たち
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#コラム

ここにある幸福は、嘘なんかじゃない

寝れなくてもごろごろしている時間が、ハイパーしあわせ 5月19日のわたしのメモ。 それも、時間は「13時15分」だから、起きたほうがいい。 そりゃあもう、寝れなくて当然です。 眠ることが好き、というか もはやわたしの人生に於いては「重要」だと思っている。 ストレスの発散方法が、食べることだったり買い物をすることだったり、おしゃべりをすることだったり、おしゃれをすることだったり 人にはいろいろあるのだと思うけれど、わたしには「眠ること」だった。 寝て起きれば、だいたい気が

輝く刹那に

ぴかぴかと光っている画面を、ぼおっと見つめる。 画面の中では、「ロックマン」が駆け回っている。 ロックマンX(エックス) わたしは子供の頃からこのゲームのことを、よく知っていた。 言葉通り「知っていた」だけで、兄がプレイしているのをよく見ていた。 だから、いまでもゲーム画面をぼおっと見ている時間は幸福だと思う。 画面では、ロックマンXの何作目かのエンディング間近で、画面がぴかぴかと点滅していた。 クライマックスを告げる音、 「建物が崩れるから早く逃げなきゃ」みたいなシーン

君とドーナツ

ドーナツにかぶりつきながら、思い出す。 わたしは、ドーナツが好きだった。 * 最初の記憶は、ミスタードーナツだ。高校生のとき。 高校生になって、ひとりで動き回れる場所や、学校帰りに寄れる場所が増えたんだと思う、 ひとりで勉強するときはドトールで、 友達とおしゃべりするときは、ミスタードーナツだった。 コーヒーはおかわりできたし、当時は1個100円くらいでドーナツが買えたし、「ミスドいこ」ってなるのは、当然だったと思う。 女子高生というのは、いつもおなか空いている。 大学

さよならは苦手なまま

「枕、買おうかな」と口にして、わたしはしばらく悩んでいた。 「このフロアを一周して、それでも気になるなら買いなよ」と、すこぶる健康的な笑顔への嬉しさもあって、枕売り場に戻ってきた。 枕を買えたほうが良い、というのはもう何年も前から思っていた。 いま使っている枕は、前の前の家に住んでいるときに同居していた人から強奪したものだから、持ち主を変えてもう何年も使用されている。 その薄べったさが気に入っていて、 あとなぜだか妙に「枕を変えたら眠れないんじゃないか」って思ったり、 枕カ

前髪を少し

「前髪だけでも切ろうかなあ」と言って、そのひとは鏡を覗き込んでいた。 「自分できるのは危ないよ」というせりふがよぎって、飲み込んだ。 たぶん、自分で好きにするのがいいと思った。 わたし自身はといえば、昔の言いつけを律儀に守りながらおとなになった。 むかし、と言っても、あのときわたしは二十代の中頃で、いまよりは幼かったけど充分におとなだった。 あの頃なぜだか、お世話になっていたお兄さんに「前髪だけは自分で切らないほうが良い」と言われていた。 「そういうもんかなあ」と思って、

ふまじめに愛してる

好きって、 まじめに ずっと ひとより いつも 好きじゃなきゃいけないって、思ってた。 ねえ、ほんとうはさ ぜんぜん、そんなことないよ。 コーヒーを淹れるのが好きなくせに、サボってインスタントコーヒーも飲んじゃう。 毎日練習しないけど、ピアノと遊ぶのは好き。 へたくそだけど、うたっているときはいちばんたのしい。 アクセサリーは好きなのに、つけるのがへたくそ。 浮かれて買った本も、ぜんぶ読めてないよ。 うまくいかないね。 理想通りじゃないかもしれないね。 そんなふまじめ

おとなになる、ということ

「5分の電車に乗りたいの」 彼女は、はっきりとそう言った。 「5分がむりなら、11分までには、必ず」 そう言って、時計を覗き込んでいた。 それは、春休みの出来事だった。 わたしの春休み、ではない。 世間の春休みで、”彼女”は子供だった。 小学校高学年か、中学生か。 みんなマスクをしているし、私服だし、おとなっぽいし、身長はみんなわたしと変わらないか、少し高いくらいで、年齢なんか検討もつかない。 ただ、彼女は”子供”だった。そういう年齢だった。 春休み、友達とのお出かけ

きょうは良い日だった。

ああ、今日はよく眠った。 最近休みの日は、散歩に行くようにしていた。 晴れた昼間、を歩きたかった。 わたしにとって歩くことは必要だし、 “昼間に歩いたわたし”という免罪符は、いつでもわたしを肯定してくれる。 仕事から帰った夜も、「すぐに眠らないこと」をひとつ目標にしていた。 それは必須項目ではない、それはほんの、ささやかな気持ちだった。 仕事終わりの数時間は、「散歩・日課・家事・仮眠」で終わってしまっていた。 ということは、「起きているあいだは、常に何かのタスクを抱え

新しいわたし

シャネルの口紅をもらった。 もらった、というと語弊がある。 友だちの部屋の「捨てようと思っているコーナー」に、それはあった。 わたしの何割かは、彼女からのお下がりで構成されている。 彼女が手放そうと思ったものは、一旦ストックされ、わたしの手に渡る。 わたしは新しいものがもらえて嬉しいし、彼女は「捨てる罪悪感」から逃れることができる。 わたしたちは、大変に幸福なウィンウィンの関係を、長いこと続けてきた。 * 彼女とわたしは、身体の作りまるっきり違う。 真逆と言っても良い

わるいこと

ときどき、悪いことをする。 夜中に食べるカップラーメン ごはんの前にも後にも食べちゃうポテトチップス シャワーも浴びず、パジャマにも着替えず 床に転がったまま、眠るわたし。 悪いことだって、わかってる。 カップラーメンよりごはんを食べたほうがいいことも シャワーを浴びる元気がないなら、パジャマにだけは着替えたほうがいいことも どうせ眠るなら、ベッドに倒れたほうがいいことも わたしには、よくわかっている。 そっちのほうが、”健全”だということも。 それでもときどき、悪いこ

わたしはこの春、桜色のスカートを翻す

そういえば、と思い出す。 花柄のスカートがあった。 桜色のチュールスカートは、春になったら引っ張り出そう。 なんてのんびり思っていたら、桜が散ってしまった。 わたしはこの春、桜色のスカートを翻す 花柄のスカートは、いつだってわたしを勇敢にさせる。 花柄には、由美子ちゃんの魂が乗り移っているのだと、わたしはいまでも信じている。 由美子ちゃんは母の親友で、もうひとりの”お母さん”だと思っている。 母に話せないことも、由美子ちゃんには話せたりする。 東京に出てから、十余年も

ふまじめな幸福

よし、やってみよう。と思った。 なぜそんなふうに思ったのか、あんまり覚えていない。 眠たかったことだけ、覚えている。 眠いし、細かいことはやりたくないし ああ、そうだ。洗濯機を回したんだ。 そのあいだに眠ってしまったらよくない。 だから、「暇つぶし」のひとつとして、取り組むことにした。 わたしは部屋の中でいくつか、「物を積んでいい場所」を決めている。 基本的に「物を積みたいタイプ」で片付けが苦手なことはわかっている。 そんなわたしでも、あんまり部屋が散らかっていると自

わたしの速度で

わたしの足並みは、ずいぶんと勇ましかった。 ひとりの帰り道は、いつもそういうつもりで歩いている。 急いでいるわけではないけれど、しっかりと目的地に向かっている、という心持ちでいる。 わたしより歩くのが早い人が、隣をすり抜けてゆく。 その後姿を見つめていると、自転車がすうっと走り去った。 きっとわたしは、歩くのが速くない。 背が低いのでそれは当然だと思うけど、 背が低いのに、妙に歩くのが速い人もいるから不思議だ。 わたしは、そうなれなかった。 勇敢なのに、とろかった。

あなたの、名前を書くだけで

久し振りに、手紙を書いた。 手紙を書くのは好きなくせに、どうも後回しになってしまう。というときがある。 日課ほど頻繁に取り組んでいるものじゃないし、手紙を書くためにはデスクを片付けなきゃいけない。あの子に書くならついでにあのひとにも、とか、いろいろ考えちゃう。 でも、わたしは手紙を書く。 どれだけ時間が経ってしまっても、どこかのタイミングで必ず思い立つ。 手紙が、わたしを救ってくれる、ということを、わたしの本能が知っている。 親愛なるあなたへ、と名前を書く。 手紙だけで