マガジンのカバー画像

クッキーはいかが?

332
1200文字以下のエッセイ集。クッキーをつまむような気軽さで、かじっているうちに終わってしまう、短めの物語たち
運営しているクリエイター

2021年10月の記事一覧

クッキーちょうだい

すごく不思議と、 でもかなり日常的に、 「言ってはいけない」と思うことが、たくさんある。 のだと思う。 例えば、 わたしは同居人に「片付けて」って言えない。 言ったら気を使わせて、この家で居心地悪くなったら、それがいちばん悪いなあ。 と、勝手に思っている。 そんな話を友達にしたら、 「恋人と別れるときにね、”後学のために嫌だったことを言い合おう”ってしたときに  ”蛇口キツく締めすぎ”って言われた」 ていう話は、今でもじんわりときてしまう。 わかるなあ。 そういうことを

適切とは、ほど遠いところ

寒いな、と思う。 ときどき、思う。 寒いとか暑いとか思うのが、あんまり得意じゃないと思う。 そりゃあ、日差しがさんさんと降り注げば暑いと思うけど、それだけだった。 そんなことよりも、愛してしまっている。 長袖とストールに、包まれることを。 余った袖を、握りしめることを。 もふもふと、包まれてゆくことも。 袖をまくったり、戻したりを繰り返して生きていくことに、わたしは安堵する。 安堵こそが至高であり、 人としての性能を少し欠いているのかもしれない。 食べることも、息をする

不確かな夜

ひとの形を、うまく保てない。 そんな夜は、かならず訪れる。 何度遠ざけても、かならず 慣れ親しんだ友のように肩を叩かれて、気づいた頃には背中から抱きしめられている。わたしは、動けない。 くらやみにぎゅっと呑まれて、形をなくしてゆくようだった。 眠ってしまうのもよい。 眠れるならば、それがいちばんよいのだと思う。 でも、眠りからも遠ざかってしまう夜には 当たり前のことを、少しずつするようにしている。 かんぺきじゃなくていい、半分だけ部屋の掃除をしてみる。 少しでもいいから、

なんでもない夜の先

ああ、やっぱりね。 わたしは二度目も、深く頷いた。 マウスの充電が切れそうだった。 どうしても「まだいける」とむりをさせてしまうことを、悪いと思っていないのだから、治るわけはない。 接続が切れました、と表示されて「やっぱりね」と頷く。 充電式の電池が、充電器にハマったままデスクの片隅に置かれている。 電池を変えて「やっぱりね」とまた頷く。 そういえば、充電した記憶がない。 あとでやろう、と思ったことだけ覚えている。 そうだよね、わたしそういうところあるよね。と冷静に頷く。

今日の雨は、うすあまく

ごおっ、と音が響いた。 低い音。 最初はお向かいの家の、エンジンの音だと思った。 それは時間を問わず、定期的に響く。 大きなバイクの音。 ほんの少し考えて、「ちがう」と気づいた。 これは、エンジンじゃない。 ーーーかみなりだ 雨はまだ、この街に訪れていない。 * 静岡に住む友達が、「かみなりだ」とつぶやいていたのを見たのは、少し前のことだった。 そのあいだにわたしは懸命に漫画を2冊読んだので、けっこうな時間が経ったと思う、 そうしてわたしは悟った。 ああ、静岡に訪