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クッキーはいかが?

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1200文字以下のエッセイ集。クッキーをつまむような気軽さで、かじっているうちに終わってしまう、短めの物語たち
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2020年10月の記事一覧

明太子の、いまとむかし

わたしが、「おなかすいた」と言うとき 同居人が出掛ける前に「冷蔵庫にあるもの、なんでも食べていいからね」と言うとき 最近はときどき、「明太子があるよ」と言われる。 一度、明太子を買ってきてくれてから、わたしが気に入って食べるので、頻繁に買ってきてくれるようになった。 うれしい。 どうやらわたしは、明太子が好きらしい。 * 明太子は、特別な食べ物だった。 実家で暮らしていた頃、 北海道に住む、まりちゃんが時々送ってくれていた。 まりちゃん、は母の友達だ。 まりちゃん

ごはんのために、書いている日がある

「ごはん、いつ食べる?」 同居人は律儀な人なので、いつもそう尋ねてくれる。 わたしたちの暮らしはルーズで、寝る時間も起きる時間も、ごはんを食べる時間も決まっていない。 気ままな、大学生のひとり暮らしの人間が、ふたりでこの部屋で暮らしているようだった。 眠くなったら眠って、おなかが空いたら食べる… もはや、大学生というよりも、原始人みたいだ。 同居人は、律儀に晩ごはんを作る。 別に頼んでいないのだけれど、用事がない日はだいたいキッチンに立っている。 ごはんを食べる時間は難

ささいな散歩

「スーパーに行くけど、何か要るものある?」 同居人は、いつも律儀にそう尋ねてくれる。 だいたい要るものはないのだけれど、今日は「一緒に行く」と答えた。 どうぶつの森も、一段落したところだった。 欲しいものなんて何もなかったけど、生活用品のコーナーも覗くことにした。 ティッシュとか石鹸とか、生活用品の買い出しの担当は、わたしだ。 ふらふら〜っと歩いて、必要なものを探す。 ボディーソープの詰替をしたところなので、新しいものを手に取る。 「トイレットペーパーも買う?」と尋ねられ

面倒事と、すてきな出来事

朝、窓を開ける。 今日は、出掛ける予定があったので比較的早起きをして、最低限の身支度と掃除をすませて、部屋にこもって記事を書く。 天気はいいから、窓は開けっ放しにしちゃえ。 ヘッドフォンをしながら記事を書いていると、ゴォォと音が聞こえてくる。 部屋の中、からではない。 外から。 工事の音、だろうか。 さすがにちょっと気になるので、開け放した窓の様子を見に行った。 それは、お向かえの家の草刈りの音だった。 今日は、何やら機械を使って、お庭の草刈りをしているみたい。 無職に

ときめきを、わたしに

窓を開けて、わあっ、とひとりつぶやく。 気持ちの良い、秋晴れだった。 こういう日に、おふとんを干したり、窓を開けて掃除をするのは本当に気持ちいい。 そういう天気だったけど、今日は違う。 久し振りに、友達と出掛ける用事がある。 そろそろ、大量に引き取った”お下がりだけどわたしにとっては新作”のニットたちを、使っていきたい、と思っていた。 空は晴れている。 煙草を吸っている10分間、わたしは天気予報とにらめっこして 外を覗き込んだり、着ていたパーカーの袖をめくって、「やっぱ

勝手なしあわせ

「そろそろ食べちゃったほうがいいから、漬けちゃうね」 わたしはぼやぼやと、キッチンに立っている。 眠いけど、記事を書きたい。 なんとか目覚めようと、煙草に火をつける。 うまく言葉が出ないので「そう」とか、「ああ」とか「うん」しか言えない。 同居人は楽しそうに、魚を切っている。 確かあれは、何日か前に買ってきて、冷蔵庫で”熟成”させると言っていたやつだ。 わたしは、熟成の意味も、あんまりわかっていない。 同居人は、「ああ、いい感じだね」と、 熟成されて身が締まった魚を、う

ねむること

もうだめかもしれない、と思って 2日間ほど、大半の時間を眠って過ごした。 だめになると、わたしは眠る。 なんにも考えたくない、と思う。 なにかをして気分転換をするよりも、毛布にくるまってしまいたい。 最近、この部屋はちょっと寒い。 温度計が、20度と19度を行き来している。 電子表示の「1」って、薄くて細くて、なんであんなに寒そうに見えるんだろう。 ひとりになった時間も、眠っていた。 誰の気配もしない部屋で、 いつも聞こえない時計の音とか、換気扇の音がよく聞こえる。 その

頭上の神様

このひとはいつも、他人に期待し過ぎる、と思う。 立派なことだ、とも思う。 過去をぜんぶ引っ提げて生きて、愛しているのだと思う。 わたしはといえば、 他人の感情はファンタジーだと割り切り、 過去の都合の悪い部分は捨て去り、それとなく蓋をして 期待をして生きることを、辞めた。 だって、何年も待ち望んでいるのに、未だ空からイケメンは降ってこないし ぐずぐずと暮らしていたら、貧乏なままだし 社員になりたくないとごねていたら、アルバイトをクビになるし だいたいのことを、「まあ、そ

わたしを守って

この家に住んで、もうすぐ4年が経とうとしている。 大きな家具の配置換えを一度、 小さいものを何度か繰り返して、いまの状態に落ち着いた。 わたしが棲み着いている部屋には、窓がある。 ベランダもないし、網戸もないし、出窓になっているわけではないけれど窓がある。 引っ越したばかりのときは、窓に沿ってハンガーラックを置いていたので、言葉通り「開かずの窓」だったけど、 ここ数年は、窓に沿うようにベッドを配置している。 窓の横は、冷たい風が吹きつけてくることを知った。 昨年、ビニー

会えなくなってしまった、友達のこと

ときどき、会えなくなってしまった友達のことを、思い出す。 LINEを聞き損ねてしまって、そのままになっている。 共通の知人をたどれば、きっとたどり着けるのだと思うけど、 ときどき、「会いたいなあ」なんて思うけど、なんとなくそのままになっている。 日常的に連絡する友達の数なんて、ほんとうにごくわずかだ。 わたしは圧倒的に「思い出したときに、連絡を”もらう”側」になってしまっている。 過去のあなたが引っ付いていて、なんとなく、いまのあなたの暮らしに割り込んでゆけない。 連絡を

ご褒美じゃないドーナツ

長くなってしまった昼寝から、目覚める。 えいっと毛布を蹴って、転がっているスマートフォンを持って、部屋を出る。 とりあえず辺りを見回して、目を覚ます。 キッチンにある机の上を見ると、ドーナツが置いてあった。 わたしが眠っているあいだに、同居人がスーパーに行ったようだった。 冷蔵庫を開けてみたら、プラスチックの容器に入ったプリンも置かれている。 ドーナツには、半額のシールが貼ってあった。 昼間にスーパーに行ったときには、わたしも同行していたのでいくつかのおやつを買ってもら

コーヒーと、夜の魔法

ときどき、夜にコーヒーを飲む。 ときどき、「眠れなくなるよ」と同居人に言われるけれど、関係ない。 わたしは、眠りたくないときにエスカップを飲むだけで、 だいたい、いつでも眠れる。 “松永爆睡”というのは、大学時代につけられた二つ名だ。 コーヒーは、いつもサーバーにたっぷりと落とされている。 カラになったら、また落とすので、いつでも冷蔵庫にコーヒーが入っている。 家で飲むコーヒーは”たっぷり”がいいので、たくさん牛乳を入れる。 夜にも、コーヒーを飲む。 だいたい、「もう

季節の終わりを乗り越えたら

ぶわり、と風が吹いた。 部屋の中なのに、その冷たさにびっくりした。 わたしは、夏用のパジャマのまま、薄手のパーカーを羽織っている。 季節の変わるそのときは、いつも寂しくなってしまう。 特別に夏が好きなわけではないし、 夏のあいだは「暑い!はやく秋こないかな」と、思っていた。 それでも、寂しい。 「終わってしまう」という実感が、必ずわたしを寂しくさせる。 何度も、どんな季節が終わっても。 ふわりと浮かぶような寂しさの中、 わたしは「たのしいこと」を思いついた。 そうだ

魔法をかける午後

調子が出ないときは、えいっと頑張ってしまうといい。 少し休んだあととか、頑張れるときに限る、だけど。 今日は少し曇っているけれど、えいっとお布団を干した。 布団を干す導線があんまりよくないので、手間だけど、実際にかかる時間はほんの少し。 せっかく窓を開けたのだから、とふたつの窓を網戸に切り替えて、換気扇をまわす。 換気扇をまわしながら、ミニ扇風機も稼働させて、部屋中の空気を入れ替える。 掃除をしながら、ときどき頬を撫でる風に振り返る。 扇風機の不躾な風とは違って、ふわり