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「不登校」だからこそ見える景色がある

僕たちは、知らず知らずのうちに「決めつけ」ています。

きっかけは、家族であり、友達かもしれない。ただ、誰もが「慣れてきたなぁ」と思う頃には、きっとその環境の価値観がインストールされていることでしょう。

学校も同じこと。

ぴかぴかの1年生として入学し、その学校のマイルール。校則とか伝統とか呼ばれるものに触れていると、なんとなく価値観が固まっていく。

学校によっては、高学年になると、「低学年のお手本となるように!」と叱咤激励され、その学校のマイルールを教える立場になるかもしれません。

もちろん、ルールというものは必要です。

ルールがないと、そのコミュニティに属している人たちの取り分に差が出てしまう。そんな心休まらない環境は誰しも望んでいない。たまたま同じ地域に住んでいるという理由で集められたのですから、たまったもんではないでしょう。

しかし、そんな乱暴な扱いを子どもたちにしてしまっている大人もいるのでないかと思うのです。知らず知らずのうちに。

そんな大人のキラーワード、「あなたの夢は何ですか?」という言葉。

なぜ、それが乱暴なのかについて書いていきますので、ぜひ読んでみてくださいね。

▼僕たちは知らずに「枠」をつくっている

狩猟採集からインターネットによるつながりやすい世界の実現まで、人間は急速に進化してきました。時代と共に人間は、確かに賢くなってきたのです。しかし、ずっと昔から変化しない部分もある。

ネガティブにとらわれやすかったり、コミュニティをつくりたがったり。コミュニティをつくったと思ったら対立したりと、本能的な部分は、狩猟採集時代のなごりが大分あるみたい。

このような事実から考えると、目に見える社会は急速に変化しているけれども、肝心な僕たちの「考え方」の部分は、多少置いてけぼりをくらっているのかもしれません。

そんな置いてけぼり感がいなめない大人丸出しの質問が、

「あなたの夢は何ですか?」

というもの。

問いかける側は、意識していないとは思いますが、これって少しだけ意地悪な解釈をすれば、「決まった枠の中で生きなさい。」という意志が強めに出ていると思いませんか。

試しに、Youtuberと答えてみたらどうでしょう?プロゲーマーでは?もしも、「そんなの」という反応が返ってきたらその人は、「昔ながらの枠思考」にハマっているので、それ以上話を続けると危険です。

もしも、何度も聞かれるのであれば、弁護士とでも答えておけばその場をおさめることができるのでおすすめ。

話が逸れましたが、何を伝えたかったのかと言うと、多くの人が「人生をテンプレートに当てはめて生きている」ということ。

「将来の夢」とか「憧れの仕事」とか「真っ当な生き方」みたいな”勝手につくり出された幻想”を求めて生きてしまっている。

そんな「枠思考」をしていると、「理想」なんてものにたどり着けるはずがありません。「成功」という理想を手に入れるのは、才能を圧倒的な鬼努力の継続で開花させた一部の人に限られるのが現実なのです。

しかし、だれもがハマる「枠思考」にハマらない人がいる。

そう、「不登校」の子どもたち。

ここに不登校のメリットが隠されているのです。何といっても、「学校へは行くものだ」という型にはまった枠思考からはみ出した子どもたちこそ不登校だからです。

もちろん学校教育を受けさせることは親御さんの義務ではありますが、「義務だから学校へ行きなさい」なんて親御さんはいないでしょうし、「義務だから学校へ行ってくるね。」という子どもも少数派でしょう。

ほとんどの子どもたちは、「学校へは行くものだから。」という理由で登校しているか、そもそも、「何で行くのか?」という疑問さえもたないかもしれません。

だからこそ、不登校の子どもたちは、「みんなとは違った見方ができる」のです。ということは、「みんなと違った道を歩むことができる」のです。

ここに不登校の可能性が開けています。

不登校というフィルターを通して見えた景色こそ、多くの人に求められる価値提供につながると思うのです。

まずは、不登校という事実を堂々と受け入れ、不登校だからできることに目を向けましょう。きっと、「枠からはみ出した発想」が出され、みるみるうちに世界が開けてくるでしょう。

そこから見えた景色のゴール。「目的地」を決めたのなら、次は行動。歩き出すことで、景色はまた違ってくるでしょう。


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