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なぜ「幸せ」になるために「考える力」が必要なのか

当時、小学校5年生だった不登校の子どもに言われたことが、未だにぼくの価値観となっています。

「先生、幸せっていうのは自分で決めるんだよ。」

ほんとに5年生か?と疑いたくなりましたが、正真正銘の11歳。

低学年の頃からちらほら欠席が増えて不登校に。

「お兄さんみたいな先生がいいかもね。」というスクールカウンセラーさんのアドバイスにより、ぼくのクラスなったということでした。

もちろん「お兄さん」というステータスだけで再登校が始まるわけもありません。

ただ、彼の中で「まぁ信頼はできるかな。」という枠にいれてもらえたようで、放課後になると登校し、サッカーやバスケをして友達と一緒に遊ぶようになったのです。

当時は、ぼくも「教室へ来てほしい!」という気持ちの先生でした。

一しきり体を動かし、へとへとになったところで、「あのさぁ、明日なんだけど…」と登校を促していました。

ただ、彼の意志は固かった。

何回か再登校のお誘いをしたところで、将来の話になったのです。

そこで出てきたのが、

「幸せってのは、自分で決めるんだよ。」

という言葉。

その時は、納得というよりもむしろムッとしたのですが、今ではその考え方に100%同意。

ぼくも、やっと彼と同じステージに立てたのです。

そんなぼくにも紆余曲折あり、今では「居場所づくり」をに志す人間となりました。

「居場所」を運営しつつ常に考えていることは、「幸せのつくり方」

世界有数の豊かな国であり、世界有数の不幸感が蔓延する国において、どのように「幸せ」という抽象的なものをつくっていくのか。

もちろん、多くの人に影響を与えることはできないにしろ、少なくとも「ピースカフェ」に関わってくれた人たちには、人生に困った時のヒントくらいは提供したいと思うのです。

そんな大仕事に対してどこから手をつけるべきか。

むろん、「自分から」に他なりません。

子どもたちにあーだこーだ言うのは簡単でも、その内容を自分が実践できていない場合、説得力は0に等しい。

何事も、心に響くメッセージは、知と涙の結晶である「生き方」でしか語れません。

ということで、本記事では、何度でも確認しておきたい「幸せのつくり方」を書き留めていきます。

ぜひとも、読んでみてくださいね。


▼「幸せ」は自分で決める

小学校5年生に教えられた生きる上で最も大切で基本的なことは、「幸せは自分で決める」ということです。

「幸せのかたち」は人それぞれであり、決まっていません。

たとえ、他者から否定されたとしても、「自分」が今の状況を心から「幸せ」と思えていればそれでよいのです。

そして、「心から思えていれば…」ということが実はポイント。

詳しくは👆の記事に書いたのですが、「幸せ」にこれといった「かたち」がなく、判断軸は「自分」のため、「今の状態が幸せだぜ!」となかなか豪語できないのが玉に瑕。

いつしか、「他者から見て憧れられる存在」を幸せと勘違いして、自分の心の声が聞こえなくなくなるという現代病に悩まされるかもしれない。

「幸せ」というのは、自分で決めるからこそ最低限「自分とは?」という問いをもっていないといけないのでしょう。

▼人間の究極的な目的は「生きる」こと

「幸せのかたち」についてあーだこーだ書いてきましたが、もっと極端な視点に追い込んでいくと、人間の究極的な目的は「生きる」ということになります。

生きていないと「幸せ」とか「自己実現」なんて必要ありませんからね。

ということは、「生きている事実こそ幸せである」と言ってもよいのではないかという結論になる。

もちろん、それでよいのです。

しかし、ちょっとまってよ!と。

・おいしいものが食べたい!
・推しのライブに行きたい!
・旅行へ行きたい!

と、次から次へと「やりたいこと」が出てくるでしょう。

もしも、「それらは生きることに必要ありませんからなしでお願いします」となったら、果たしてぼくたちは「生きる」ということに「幸せ」を感じるのでしょうか。

答えは1つではありませんから何とも言えませんが、きっと多数の人が「幸せとは感じられない」のではないかと思います。

実は、ここに「生きること」と「幸せ」を考えるヒントがある。

要は、

「『生きる』ということは全人類における究極目標である。その上で、『どのように生きるか』を考えて追求することによってのみ『幸福』が実現できる」

としてはどうでしょう。

人間は一人では生きていけません。

生まれてから諸々できるようになるまでこんなに時間がかかる生きものは人間位ですよね。

そして「人間」の最大の特徴は、過去、未来も含めて「考える力」があるということ。

ここに人間が自分なりの「幸せ」を見つけるヒントと不幸感に包まれる落とし穴があるのです。

要するに、

「『幸せになりたい!』と願い、追究すること自体は幸福への黄金ルートなんだけど、『あなたの幸福って何?』という問題を後回しにして出発すると、結局ゴールにはたどり着けないよ」

ということ。

「幸せのかたち」というのは、一人ひとり違うことは間違いありません。

もちろん、「幸せ」を求める、求めないも自由。

ただ、「幸せになりたい」、「自分らしく生きたい」と願うのであれば、

・あなたの思う「幸せ」って何?
・あなたの思う「あなたらしさ」って何?

という疑問に対して「考える」という手段が必要不可欠になるのです。

このような究極的な問いに対してすぐに答えを出せというのはなかなか酷な話でしょう。

さらに、自分の成長と共に、答えが変化していく場合もあるでしょう。

だからこそ、「考え続ける」ということが必要なのです。

十分に考えたのなら、それを「価値観リスト」にするのがおすすめ👇

▼まとめ

本記事では、「生きていくことは考え続けることだよ!」という内容をまとめました。

人生の幸福度・充実度を上げたいのであれば、人生の主人公となり主体的に生きることが必要不可欠です。

その主体性は、「考えて行動する」ことの繰り返し。

ぜひぜひ、共に主人公感を楽しみましょう(^^♪



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