「私は出没しますよ」地理の先生の正体を探る|エッセイ
序
僕は高校時代、社会科の選択授業で地理をとっていた。
大学の文系学部で地理の2次試験があるところは少なく、たいていの文系生徒は歴史か公民を選択していた。そのため、文系地理のクラスは20人ほどの少数編成で、そこではかなり特殊な授業が行われていた。
この授業の注目ポイントはほぼ毎回の授業で残される先生の名言(迷言)である。今日はそれを振り返ってみよう。みんな、ついて来い!!
第1話「究極の選択」
僕の記録に残っている最初の名言はこれである。
みんなねぇ、お店と犯罪どっち好き?
これほど聞くまでもない質問があるだろうか。お店と犯罪ならお店が好きに決まっている。
僕は1学期のはじめの授業で出たこの言葉の衝撃を受けて以来、先生の発言を記録し始めた。
これがすべての始まりである。
農業の授業ではこんな質問も出た。
肉と野菜でまさか野菜が好きな人いる?
これは逆に、どっちが好きか選択させてほしかった。僕は肉か野菜なら肉のほうが好きだが、野菜が好きな人もいるとは思う。
肉か野菜程度ならまだしも、人生に関わる究極の選択を迫られることもあった。
みんなは奥さんが単身赴任しちゃうのと扉を開けたら抱きついてくるのどっちがいい?
これは究極の選択である。
もちろん扉をあけたら抱きついてくれる奥さんがいいと答えたい。しかし長い人生を考えた時、奥さんが単身赴任しちゃうほうがいいのだろうか…?そもそもなぜこの二者からの択一なのか。
ちなみに先生は前者を選んだらしい……
第2話「好きな物」
逆に先生が好きなものはなんだろうか。
崖ってねえ、私すごい好きなの
崖の話をするときはすごくテンションが上がっていた。一人称の「私」が崖の話をするときはときどき「俺」になった。地理の先生ならではの好みである。
鉄道マニアとかバスマニアってあるじゃん、私距離マニア
世の中には色々なマニアがいる。
先生はある化石燃料も好きだった。
おれ石炭って聞いただけで涙が出てくる
というほどの好きっぷりである。
石炭って言って好きじゃないひとほぼいない
関係者全員石炭マニア
カラオケ行くでしょ→石炭の歌しか歌わない
クリーンエネルギーへの転換が叫ばれ、石炭火力発電が批判されるこの時代に、先生は強い意志を持って石炭を推していた。
先生はムーミンも好きである。
私のバッグがムーミンだって知らなくていいよ
俺は常にムーミンといっしょにいるんだよ
ムーミンは地理に関係ないじゃないかと思われたかもしれないが、なんとムーミンは2018年センター本試験に出題されている。
私が好きなものは出題者も好きですよ
という自信ぶりで、ほかにもちょくちょくセンター試験のヤマを的中させた実績がある。
ある情報筋によると今年はここが出ます……
と出そうなポイントをよく教えてくれた。
最近先生はセブンイレブンの鈴カステラにハマっており、一人で買い占めを行っているので、今年の受験生は鈴カステラに注目しよう。
第3話「鉛筆マルと赤マルと…」
先生の授業ではプリントが配られる。生徒はそのプリントを見ながら授業を聞き、先生が重要と言った用語に○をつける。少し重要な単語は鉛筆マル、結構重要な単語は赤マルである。ではもっと重要な単語はどうするのかというと、
重要すぎて丸つけません
このレベルの重要単語は1単元に1個くらい出現する。これらの単語の問題点は、重要すぎて丸がつけられないので他の単語と見分けられなくなってしまうことである。そのため、僕はその単語の横に「←だいじすぎて丸なし」と書いてわかるようにしておいた。
丸をつけない場合はこのように対応できるが、重要すぎる単語について、もっと困ることがたまにあった。
これは重要すぎて説明しません
こういう単語はもはやどうしようもないのだが、僕はとりあえず「←だいじすぎて説明しません」と書いておいた。
先生は大事な単語に丸をつけることを重要視していた。
大事なところに丸をつけることは大事なの
こういう構文は出現率が高い。
地下水が大事って言ったよね、だから地下水が大事なの
アメリカってカナダに近いってことはカナダに近いんだよ
家一軒分の家、いや家一軒分の家
ラテンアメリカは都市人口率が高く農業人口率が低い、つまり、ラテンアメリカは都市人口率が高く農業人口率が低いんだよ
こういう構文は最初の頃こそ違和感を覚えていたが、一度先生の文法に慣れてしまえば大したことはない。先生は接続詞の使い方がかなり特徴的なのだ。つまり、先生は接続詞の使い方がかなり特徴的なのである。
第4話「地図帳」
地理の授業に地図帳は必須である。地図帳には当然いろいろな地図が載っているし、簡単な統計資料も載っている。
地図帳は地図帳ではなく教科書
というのも重要な名言のひとつである。
地理を勉強するうえで国の位置の確認は大変重要であり、地図帳が無くては授業を受けることは不可能である。
だが、万が一地図帳を忘れてしまっても大丈夫! 先生は優しいので貸してくれる。
しかし忘れることにとどまらず紛失してしまう場合もあるだろう。我々の高校は物の管理が苦手な人が多い。そんなときは先生に相談してみよう。
私は異常だから何冊でもあげるよー
実際4冊目を使っている生徒もいた……
ある日の授業のこと、先生が81ページを開くように言った。
このページは有名ですよ
有名な統計でも載っているのかと思い開いてみると、見開きの日本全図だった。
第5話「トルコってどう見ても…」
先生は地理の教員として様々な地域に対する問題意識を持っている。
カナダって何の意味があんの?
デンマークって邪魔じゃない?
トルコって誰が見ても牛タンだよね?
※その場の文脈を踏まえた発言です。攻撃的な意図はありません。
さらに先生は日本の都道府県制度にも問題意識を持っている。
神奈川県→名前が終わってる(なんで横浜県じゃないの?)
10年後静岡県なくなってますよ(←これほんとです)
だって県ってなんの意味があんの?(←県ってほんとふざけてる)
都道府県制度は永遠に続くわけではないかもしれない……
第6話「結局何者なのか?」
まず年齢は?
私は400歳じゃありません、それわかってください
400歳は下回っているようだ。
私は50歳どころじゃないよ、その2倍だよ
100歳ということなのだろうか。
いや、先生は我らが高校の100期卒業生であり、まだ100歳ではないと思われる。
その100期の卒業生というと、地理の先生のほかにも数学と化学の教員がいて当高校に勤めており、「魔の100期」と呼ばれている。
魔の100期だって何期だっていいよ。老人だってことがわかればいいよ
では、職業はなんだろうか。
私は歌舞伎じゃないよ
そう。先生は歌舞伎ではなく、高校の地理教員である。
しかし、地理の先生という姿の裏にはもう一つの顔がある。
私の裏は家庭科ですよ
噂によると、家庭科の教員免許も持っているのだとか……
さらに、教科だけでなく職業自体にも裏の顔があるらしい。
私の裏の商売はね、裏のJTBと裏の不動産
旅行大手と不動産業を裏で牛耳っているのだろうか……
そもそも先生の経歴は謎である。
若い頃は山地の地形図に尾根線を引くバイトをしていたらしい。(オネはホネって覚えればいいの。テストのときだけオネって書けばいいの)
地下水を掘るバイトもしていたという。(昨日この地下水脈に生埋めになる夢を見たんだよ)
本人談では、日本中のすべての道を把握しているらしい。
東京のすべての道を把握するのは難しかった…
という、東京のすべての道を把握した者にしか発することのできない言葉も口に出していた。
そんな人物がなぜ高校の地理の先生をやっているだろうか。
私は忙しくしたくないからみんなと遊んでるんだよ
ヒートアイランド現象の研究なんてしてるよりみんなと遊んでる方がいいじゃん
高校での仕事は遊びにすぎないらしい。(※ちゃんと熱心な授業をしてくれます)
そんな先生の趣味はパトロール(巡検)である。色々な道をパトロールして地形を把握している。なんとこの趣味は5歳のときからのものらしい。先生はパトロールに目覚めた5歳のときから、地理博士になることを決めていた。
地形がある限り、先生は出没する。あなたの町にも。
私は出没しますよ
完
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