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デコレーションシールの使い道

 「羽田さんお手紙が届いています。○○さんから」
 夕食前、部屋に郵便物を届けに来てくれた宿直スタッフのHさんからその友人の名前を聞いた瞬間、思わずドキッとした。
 なぜ彼女が今の私の居場所を知っているんだ!彼女には特に知られたくなかったのに…。
 おい誰だ!私の居場所を彼女に漏らしたやつは!いや、もしかして母を通じて知ったのか?!
 いろいろな感情や思いを脳内で巡らせているうちに、ふと我に返り気がついた。実家に送られてきた私宛の郵便物がこちらに転送されてきただけのことのようだ。
 それにしてもよく実家の住所を覚えていたなあ。彼女から手紙が届いたのはどれぐらいぶりだろうか。もう思い出せないぐらい久しぶりのことかもしれない。

 彼女とは地元の盲学校の小学部の頃からのつきあいだった。
 出合った当時、私が小学部1年生だったのに対し、彼女は高等部普通科1年だった。
 彼女は今でいうところの2組さんで(盲学校で視覚障碍単一の生徒のクラスを1組と呼ぶのに対し、盲重複の障碍を持つ生徒のクラスを2組と呼んでいた)、弱視の視覚障碍のほかに軽度の知的障碍を合わせ持っていた。
 低学年の頃は、休み時間には毎日一緒に遊んだり、点字で交換日記をしたり、サンリオやアイドルのシールを交換し合ったりと、とても仲が良かった。
 しかし私が高学年、中学部、高等部と年齢が上がるに連れて、彼女の知能年齢を追い越してしまい、だんだん趣味嗜好や話が合わなくなっていった。そしていつしか彼女の存在を疎ましく思うようになった。
 これは盲学校あるあるかもしれないが、小学部からの長いつきあいだと、当人たち以上に親同氏が仲が良いなんてことが多々ある。そのためどんなに彼女の存在が疎ましくても無下に扱うことができなかった。
 結局20代前半頃まで彼女との関わりは続いた。
 20代後半から私が精神を病んでひきこもるようになり、彼女をはじめ、あまり関わりたくない人たちの連絡先を携帯から削除したことで、彼女との関わりも途絶えたつもりだったのだが…。

 彼女からの郵便物を開けてみると、点字のお手紙と一緒に、小さな包みが一つ入っていた。
 手紙によると、それは私への誕生日プレゼントで、中身はキティーちゃんのデコレーションシールだった。
 包みに入ったそれを目の前にして、うーんどうしようかと考え込んだ。
 今の私は、彼女と仲が良かった低学年の頃のように、キティーちゃんやシールといった、これぞ女子という感じのかわいらしい物には全く興味が無い。そんな今の私を彼女は知らないというか、彼女の中では低学年の頃の私のままで止まっているのかもしれない。

 そんなわけで、デコレーションシールの使い道が分からない。
 女子っぽいかわいらしい物には興味がないので、デコレーションシールその物に今まで出合ったことさえなかった。
 とりあえずさきほど郵便を届けに来てくれたHさんに聞いてみよう。20代女子のHさんなら知っていそうかもしれない。

 「あの、さきほど届けてくれた手紙の中にデコレーションシールが入っていたんですけど、デコレーションシールってどう使ったらいいんですか?」
 夕食の時に早速Hさんに聞いてみた。
 「デコレーションシールやったら、ファイルとか水稲とか何か物に張るのがいいんじゃないかなあ」
 Hさんはそう教えてくれた。
 なるほど、何か物に張ればいいんだな?
 そういえば傘にまだ目印を付けていなかったから、持ちてのところに張ってみようか。いや、でも水に濡れたらすぐはがれてしまいそうだしなあ。
 そうだ!授業の録音に使っているiPodtouchの裏に張るのが良いかも。授業では皆一斉に職員さんの前に録音機器を提出して、それが戻ってくる時に、iPodの色を目印にするだけでは個人的に心もとないので、触って分かるキティーちゃんのシールなら、より分かりやすい目印になるだろう。

 夜の点呼の時に、HさんにiPodtouchの裏にキティーちゃんのデコレーションシールを張ってもらった。
 改めてそのシールを触ってみると、立体的なキティーちゃんの顔は、思っていた以上に大きかった。
 こんなかわいらしいシールを張ったiPodtouchを、明日から授業の時に皆の前で見せるのは、自分のガラじゃないような気がして何だか少し恥ずかしい感じもする。しかし良い目印になったことには変わりないので、そこのところは彼女に感謝してもいいのかもしれない。

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