見出し画像

残照(アフターパーティ) #5

 
    美帆
 
 お待たせしました。安藤です。ああ……すいません。明日、締め切りなんでスタッフみんな殺気立ってて。
いえいえ、大丈夫です。気にしないで下さい。
えっと……あれからですか。ご覧の通りです。日常が押し寄せてます。なんか息つく間がないんですよ。雑誌って。明日の締め切りが終われば、また次の締め切りがカウントダウンされる、そして1年があっという間に過ぎる。それでまた次の……って、キリがないですよ。今は雑誌売れない時代でしょ? デジタル版もあるし。もう仕事が倍になったようなもんですから。
便利になったような不便になったような……ねぇ。でも、そちらも同じでしょ。アナログ時代は遠くなりにけり、です。……あ、すいません、メール返信だけしちゃっていいです?……すいません、失礼します。なんでもスマホで済んじゃうから便利です。でも24時間追跡されて、それはきついかなぁ……。見ちゃうと返信しないわけにもいかないじゃないですか?……真面目? そんなことないです。ちゃんと適当に息抜きしてます。

 ああ、結婚ですかぁ? この歳になるとねぇ……あ、諦めたわけじゃないんですよ、勿論。でも、好きになる人ってたいてい誰かいるんですよ。この人ちょっといいなぁ……なんか思ってるとたいてい足下すくわれちゃうの……笑。ま、ご縁ですから。こういうのって。誰かいい方いたら紹介して下さい。尽くしますよ、あたし。いえいえいえいえ、実はそういうタイプなんですって。見えないですか? それは心外ですねぇ……仕方ないのかなぁ。こんな仕事してると。お出汁だって昆布と鰹節から取る派なんですから。
 
 昔は、そうだなぁ……まさか雑誌の編集やるとは考えてなかったです。ここだけの話、役者志望だったんです。いや、本当です! 朝田君の映画や飯田君の映画に出てるうちに、他の映研の作品にもちょこちょこ出てたんですよ。当時。それで。なんか役者もありかなぁ、とか。自意識高かったから、私……笑。美術とか衣装とか考えるのも得意だったしね。女の子でそういうのもやる子って少なかったから重宝がられたのかな。……でも、一番は朝田君に振り向いてもらいたかったから、他の映研のひとたちとも付き合ってたのかも。ほら、朝田君はエミに夢中だったから。仕方ないですよね、こればっかりは。……だからジェラシーの塊りだったんですよ、当時の私。嫌な女でしょ。
 でも、エミのこと嫌いじゃなかったですよ。直子と三人で買い物したり、ご飯食べたりもよくしたな……そうそう、部室に材料持ち込んで鍋したり。なんか、楽しそうでしょ。……楽しかったんですよ。ほんと。私たち、仲良かったんです。
直子も私も朝田君のことが好きだったけど、もし直子が朝田君と付き合ったら、それはそれでもっときつかったかも。そんな風に思います。それが、逆でも。……だから、朝田君の相手はエミでよかったと思います、今でも。
でもね、エミがあんな風に自分を追いつめてたなんて思いもしなかったから。……まぁ、それは引きずりますよね。そんなタフじゃないです。あの頃は、これでも繊細だったんです。
だから、しばらくして誰にも言わず学校辞めて、パリに……。

どこでもよかったんですけどね。あたし、仏文科だったから一応。話せないまでも、読めましたしね。フランス語。
当時、シャーロット・ランプリング……好きだったんですよ。あの人、アメリカ人なのにフランス語話せるじゃないですか。なんか、そういうのに憧れてたっていうか。あ、『エンゼル・ハート』って映画の中であっさり殺されちゃうんですよね、彼女の役。心臓抉り取られて。あ、ご覧になってないです? 見ない方がいいです。ひどい映画。アラン・パーカーの中では一番ひどいかもしれない。……あー……すいません……お好きな映画でしたか……笑。
で、パリには三年半いました。トータルすると。
その頃、海外の主要な街にはたいてい日本人ビジネスマン御用達のクラブがいくつもあったんです。仕事でフランス人相手に奮闘した日本人ビジネスマンの癒しの場ってとこですか。つまり、若いホステスの需要もあると……笑。それで結構なんとかなっちゃう。昼間、お遊び程度に語学学校通って、夜はホステス……。そんな感じです。
その頃ですか? たいてい、不倫ですよ。相手なんて。こっちも寂しいじゃないですか。向こうも単身赴任だと寂しいじゃないですか。簡単にくっついちゃいます。もちろん、長くなんて続きませんね、そんなの。恋愛ですらないんですから。……そんなこんなやってて、たまたま、時々映画を買付けに来てた配給会社の人に、日本で翻訳の仕事でもやったらどうかって言われて、ご丁寧に紹介までして下さって……。ええ……笑。お付き合いしてた方です。なんか私に引け目あったのかな。それで、さらにご親切にも小さな出版社に紹介状もらって一時帰国したんです。26歳くらいのころかなぁ。その後は、たまにパリには戻りましたけど基本日本にいます。
その出版社が新雑誌創刊で業務拡張するんで、契約してもらえることになって……。今はアイドルが表紙やる映画情報誌になっちゃいましたけど、その頃は割ときちんと海外の映画を紹介するいい雑誌だったんですよ。ま、時代の変化に合わせてこうなりましたけど……。
 
 ええ……朝田君が映画辞めたことも、海外放浪してバックパッカーみたいになったことも風の噂で聞きました。……悲しかったです、それは……。
でも、分かる気がしました。朝田君はナイーブなんですよ。だから、エミのこと受け入れられないっていうか……妙な責任感じたんだろうし……。自分の彼女に死なれちゃ、ね。……そう簡単には……。……見ていて辛かったです。頬なんかどんどんげっそりしてね……そういうのもあったかな。パリに逃げたのには……。
 この前ですか? 超びっくりしましたよ! 川崎君なんて20年ぶりじゃないですか。それで、映画作ろうって、馬鹿じゃないかと思いました。彼、全然変わんないです。そういうとこ。少しピントがずれてるっていうか……笑。……どうしようかな……うん、やってもいいな。だって、楽しそう。またバカみたいに一生懸命なんか作るの。なんだっていいんです。夢中になれれば。ああ、木塚君のことなければ?……どうですかね……。あれがあったから、かえってそう思うのかもしれませんよ。勢いだけでは40過ぎると腰が上がらないですからね。なんだかんだ言い訳しちゃうでしょ、日常に。
でも……もし、それでも朝田君が撮りたいって言って来たら……あたし、やると思う。そして、脇役もらって撮ってもらうの。……執念深い? そんなの当たり前ですよ。こっちは、この歳で独身なんですから。怖いものなんて何もありませんよ……笑。
 
……ああ、はいはい、それはもう藤井ちゃんに頼んであるから。えー、ほんと大丈夫なの? ダブル・チェックしてる?……すいません、最近の若い子すぐ何でも聞くの。失敗したくないだけなんだけど。自分で考えろって、ねぇ。いやんなっちゃう。
 あ、そうだ。一度だけ、パリで朝田君を見かけたような気がします。
もう15年以上前のことです。サンジェルマンに墓地があるんです。有名な偉人のお墓がたくさんあるの。とても綺麗な場所なんですけど……トリフォーのお墓もあって。そのお墓の前で、バゲット齧ってるぼろぼろの格好した背の高い日本人を見たことあるんです。あ……朝田君だ、って思いました。彼……『アメリカの夜』好きだったから。ううん……声はかけませんでした……。
私も彼と一緒だったし、それに……ねぇ……笑。

でもね、時々思うんです。あの時、彼と別れて、朝田君に声をかけていたらって……そうしたら……。

 
 
    五島 
 
 あー……◯◯さん? こんにちは、五島春樹ですっ! どうもどうも! お疲れさまです! あ、声でかいですか? いや。もう昔っからです。いつもうるせぇ、って言われてました。でも、ここで働いてると、みんな耳遠いから、これくらいじゃないと聞こえないって、逆に? 言われちゃいますから。ハッハッハ……変なもんですよねぇ。明るいでしょ、僕。反動です。三年前に離婚したもんで。一時どつぼだったんですよ。それで暗くなっちゃいけないって、明るくしてたら、さらにこうなっちゃったっていうか。
 僕はね、思うんですよ。みんなどうせ死んじゃうんだから、生きてるうちに好きなことやっといた方がいいって。こういうとこでずっと働いてると、死がね、案外身近なんです。先月まで元気だったおばあちゃんが来なくなって、しばらくしたら亡くなっちゃう、そんなのがざらです。年取ればみんな身体効かなくなりますしね。だから、身体が元気なうちにね、好きなことやっといたほうがいいですって。
 
 ええ? いや、僕は嬉しかったなぁ……ほら、川崎が、「収が現場仕切って五島がアシストする……」って言ったじゃないすか。俺なんて、あれですから。10年以上現場離れてますからね。なのにあんな風に川崎が言ってくれたときは、ぐっとくるものがありましたよ。そりゃ、そうです。今は現場が介護の現場ですけど、僕だって、昔は……ちぇっ!……ああ、こういう風に、昔はなんとかって言う大人にはなりたくないって思ってたのになぁ……つい言っちゃう。まぁ、いいよね……今日は。
だからね、昔は制作部でドライバーからスタートして現場進行やってたんですって。戦隊ものが多かったなぁ。あれね、結構深いんですよ。出てる奴らは、これきっかけにして世に出てやるって気持ちがすごいし、実際、オダジョーとかもライダーからじゃないすか。きっかけ。佐藤健とか綾野剛も。
でね、そういう未来のなんとかがゴロゴロいるんです。ジャリ番って、言えないほどの熱が現場はあるんです。撮ってるスタッフもその手が好きで、他に行き場所ない人らばっかだからね。もう特殊な世界。うん……そこで、10年。……やり切りました。……結婚もしたし、で現場離れて、たまたま嫁の実家がこの仕事だったから、資格とって。はい、ヘルパーのですよ。それで、転職。現場仕切るのと老人仕切るの似てるんですよ。どっちも思うように行かない……笑。でも、向いてたのかなぁ。僕、基本、誰かの世話するの好きなんですよ。それがシネ研の連中であれ、ジャリ番であれ、ね。で、今はじいちゃんばぁちゃん。
 嫁とも結局別れたけど、お義父さんが会社には頼むから残ってくれって……。ほら、頼まれちゃうと断れない質だから。朝田がZC1000なんとかして借りて来てくれって頼むの断れないのと一緒。違うか? 
ハハハ……違うよね、あれとこれは。でもさ、どっか一緒なのよ、僕には。僕になんとかしてくれって言ってくれるひとがいるってことが重要なんだよ。じいちゃんバァちゃんは別の意味でわがままだけどねー。ま、歳は誰でも取るわけだから。いいんじゃないかな、最後にわがままでも。最後くらいわがままでもね。叶えられるわがままは聞いてあげたいしね。
奇特? そうかな。僕、Mなのかな?……ハハハ。
 
 うん……エミもね。生きてみればよかったのにって。生きてりゃ、いいことばかりでもないけどさ、悪いことばかりでもないし。でしょ?……そう思うなぁ。こういうとこで働いてると余計そう思うのかもね。生と死はつながってるよ。ちゃんと。だから自分で断ち切る必要なんかないんだよね。
 ああ……うん、それはわかんない。あのときはね、ああいう風に言ったけど……生活あるしね、みんな。でも、川崎もバカだよねー。またみんなで映画撮ろうなんてさ。夢みたいな話じゃない。現実的じゃぁないよね。本気だったのかなぁ……あいつ。だとしたら、悪くないよねー。
ハッハッハ! 夢みたいだけどさ。どこで上映するんだって話でしょ、実際。客入んないよねー。でもなぁ、あれ、うん、美帆とも連携しやすくなるし。え? うん、そうなんだよね。まだ、どっか魅かれてるんだよねぇ……そういうのあるでしょ。ない? お互い老けたっちゃあ、そうなんだけどー。ね。気持的にさ、まだどっか未練あるんだなぁ。僕も独身だしさ、向こうも独身みたいだし。このままずっと老後も独りじゃ、淋しいでしょ。いいの、片思いで。この歳で同級生に片思いって笑えないよね。ハッハッハ!……まぁ、朝田次第ってことで。あいつがやるって決めたら直子だって書くと思うよ。そしたら、みんなまた自然と集まるんじゃないかな。もう、あの部室はないけどさ……何なら、ここの施設の余ってる部屋、部室にしちゃってさ……なんかそうなったら楽しいなぁ。……うん……楽しいだろうな、そう思うよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?