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不明 紅・不明 白 / 街角の小さな違和感(4)

 公園の入り口の手前にある芝生のスペースで、私はおばあさんに話しかけられた。
散歩からまだ帰りたがらない犬を持て余し、ぼんやり背中を撫でてやっている時だった。

犬は気持ちよさそうに冬の陽射しを浴び、目を半分閉じていた。
私は、これからのことを考え暗澹とした気持ちでいた。
10年以上続けていた同棲を解消したばかりだったし、貯金もあまりなかった。
早く仕事を探さなくてはいけないのだが、もう前職のような仕事には嫌気がさしていた。
かといって、他にやりたいことがあるわけでもなかった。
それに、長年のグズグした関係を終えたことに、どこか安堵したような部分もあって、ただ呆けたように一人で一日中過ごすことが多くなった。
誰とも会わないし、話さない。たまに犬に話しかけるだけだった。
いつの間にか、恋愛とか結婚とかに夢みる年頃は過ぎてしまっていた。
でも、これからずっと一人というのもさみしい。
一人きりになった1LDKは妙に広く感じた。彼が出て言ったのは、冬の真ん中だったから余計にそう感じたのだろう。アパートにいたくない時は、公園に行った。
公園では、犬を連れてさえいれば、昼間からウロウロしていても怪しむ人はいないし、そもそも公園に一人でいる人は大抵無目的だ。

 初めは自分に話しかけられているとは思わなかった。
何となくおばあさんのことは視界に入っていたが、カートを押しているのだから足腰が弱っているのかなと、ちらっと思ったくらいで、すぐに目を離し犬の背中を撫でていた。

「すいません、ちょっと伺いたいのですが……」
と、おばあさんは私に話しかけた。おばあさんは総白髪だった。淡いグレイのキルティングの上着の首元にペイズリー柄のスカーフを巻いていた。
「あの木のところにある不明(お婆さんは<ふみょう>と発音した)とは、梅の種類のことでしょうか? それとも、種類がわからないという意味でしょうか?」
おばあさんは押していたカートを路肩に置き、よろよろと私のすぐそばまで来ていた。
私はおばあさんの指差す梅の木を見た。梅の木には札が下がっていて、手書きで『不明 紅』とあり隣の木には『不明 白』と書いてあった。
「昨日も、気になっていたんです。どなたかわからないかと思って」
「ああ……確かに<不明>って書いてありますね」
私は<ふめい>と発音した。
『不明 紅』には濃いピンク色の梅の花が咲いていた。『不明 白』には白い梅の花が咲いていた。どちらも七分咲きといったところか。
「どうなんでしょう? 公園の中の広いところにある梅の木に下がっている札には梅の種類がいくつか書いてあったと思うんですが……。不明かぁ、気にしたことなかったから。すいません、どちらかわからないです」
「そうですか」
と、おばあさんは残念そうに言った。
「でも、種類の名前に<不明>ってつけるのは変だから、わからないの方の不明のような気がするんですけど」
「そうですねぇ。私も、そうじゃないかとは思うんですけど、どうにも気になってしまって」
おばあさんと私は、梅の花を眺めた。
翳りゆく日差しに照らされた梅の花はきれいだった。出所不明の梅にしては立派に咲いている。
それにしても、なんで一月の空はこんなに青いのだろう。

公園では週末から<梅まつり>が始まる。まつりと言っても大げさなものではない。
近隣の商店街がプレハブの出店で焼きそばを売り、お酒や飲み物を売り、梅を眺めに来た人が飲み食いするだけだ。
週末は混み合うが、平日の昼間はそれほどの人出はない。(なにせひと月くらいは続くのだ)
私たちのように犬連れは、飼い犬が拾い食いするし、酔った人が昼間から多いし、普段遊んでいた場所がプレハブで全面的に塞がれるしで、実は<梅まつり>の期間は歓迎ムードではないのだ。
とはいえ、季節感の乏しい都会にあって、その公園の四季の移ろいは、なんていうか、いいものだった。文句を言いながらも、今年もまた梅まつりですね……なんて飼い主同士言い合って、毎年同じような話をする。
 梅に特に興味はないけど、紅白に咲き誇る梅は、冬が終わり春が近いのを教えてくれる。公園の反対側の最寄り駅の名前は「梅ヶ原」というくらいだ。
梅は、遣隋使や遣唐使によって七世紀初頭に日本にもたらされたらしい。
最初は白梅が珍重され、その後、紅梅が愛された。それも、平安時代のこと。その後の流行り廃りはわからない。公園の看板に詳しく書いてあるのだ。
今はどちらが主流なのだろう。何となく紅梅が優勢のような気もする。
真冬の空は、東京でも澄んでいて空気もピリッとしている。雲のない青空に梅の紅は映える。薄曇りのどんよりとした空にも同じく映える。
かじかんだ手を擦り合わせて、息を吹きかける。そして、梅を見る。
梅は、冬の花なのだ。
 
 私は、冬が好きだった。自転車を漕ぐ時に自分から発する白い息、水道の蛇口から出る手を切るような冷たい水、洗濯物が乾いて氷のように冷たくなった感触、ウイスキー入りのミルクティー、厚く切った大根の茹でただけのもの、ストーブの赤い火、結露した窓、ダッフルコート、そんな色々なものすべて。
でも、それは二人でいたからだろう。
一人でいる冬は、いつもよりとても寒くて、凍えるようだった。
半月ばかり前に、<梅まつり>の看板を見た時は、梅はまだほとんど咲いていなかった。たった半月でもう見事に咲いている。こんなに寒かったのによく咲けるものだ。
大盃・一重茶青・冬至・八重茶青・緑がくしだれ・くれはしだれ・・・。
この公園の梅は種類が多い。
私はさっき、梅の花をぼんやり見ていた時、梅が終わり、桜が咲くまでの間には何か見つけないといけないと考えていた。それが、仕事なのか、恋なのかは、わからなかった。
種類不明の梅でも紅色や白色の綺麗な花を咲かせている。見るものを楽しませている。
公園の入り口に、そういう梅を植えている。
気がつかなかったが、それって結構深いんじゃないだろうか。
この町に住む人のほとんどが不明で無名で、ただ毎日を暮らすため生きている。
何が見つかるか、まだわからない。
私も不明の木となって、何か花が咲くかもしれない。
しばらくこの町を離れずに、一人で暮らしてみよう。
咲くかどうかはわからないけど。
私は自然と自分の顔が上がるのに気がついた。
久しぶりだった。
振り向くと、おばあさんがカートを押しながら公園の中に入っていった。
あの人もまた『不明の梅』なのだ、と私は思った。
 
                          
 
 
 

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