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『自由の致死量』

自由を飛べる翼が生えていると思って、私は勢いよく飛び出した。広い空をただ闇雲に飛んで、その先には何もなかった。力尽きて、堕ちて、固い地面に叩きつけられる。高く飛んだら飛んだだけ、落ちればタダでは済まないのだ。そんなことも知らず、行く宛もないままにどこまでも飛び続けた。

翼は焼け落ちた。蝋づけの翼で空を自由に飛び、やがて落ちたイカロスのように。海に落ちたイカロスは死んだが、私は無様にも生き延びた。

私は不自由を憎んでいた。自由こそ私の友だと思っていた。だけども自由は誰の敵でもない代わりに、誰の友でもなかった。自由を得た私を待っていたのは、底知れない孤独ただそれだけだ。孤独に喘ぐ私には、あれだけ忌み嫌ったはずの不自由が酷く甘美に思えた。

その甘さに喉が焼き切れそうなほどの堕落。不自由を愛と言い換えて、私はそれを貪った。その先になにもないと知りながら。なにもないことのなにがいけないのか?いけないはずはなかった。それなのに、どうして今も思い出すのか。あの息もできなくなるほどの、自由の苦さを。

あれだけ憧れた自由は、使い方を誤れば死に至る劇薬だった。私などには使いこなせる代物じゃないと諦めたふりをしてみせても、耐え兼ねて逃げ込んだ暗闇の中でさえ、眩い記憶はなおも私の身を焦がす。ならばいっそ苦い自由を飲み下して、私しか知らない痛みと苦しみを、すべて私のものに。

上質な孤独を与えて育て上げた、大きな翼が私の背中を押す。以前のように見栄を張って取り繕って、取ってつけただけの言葉などではなくて、私の意志のままに羽ばたく、私自身の言葉だ。

『自由の致死量』


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