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葉巻と、それを吸う愛しい人 episode-18(The last episode)

 陽が落ちたばかりの気持ちのいい夏の夜、会社から帰ったマリアは夕食の支度を始めた。仕事中から今夜はチリコンカンを作ろうと決めていたので、迷わず冷凍庫からひき肉を出して解凍しながらにんにくの皮を剥き始めた時、電話のベルが鳴った。思わず笑顔になって、エプロンで手を拭きながら受話器を取り、
「フラーンク?」
と言ったところ   
「マリア?」
「………ジェシー?!」
「あなたが『フランク』とか言うと驚いちゃうわね、やっぱり」
「ジェシー……ごめんなさい…」
「いいのよ、違うの違うの、責めるつもりで電話したんじゃないのよ。…元気だった?2年ぶりだもんね」
「……ありがとう…。元気にしてる。あなたは?」
「ありがとう。私も元気にやってるわ。……パパも元気?」
「…ええ、元気よ」
「…そう。安心したわ。こっちもね、ママもチョコレートも元気にしてるわ」
「……よかった。私……ジェシー、私、本当に…」
「もう言いっこなしよ、マリア。あの時も言ったけど、あなた達がどれだけ私達にすまないと思ってるかは十分わかってるつもりよ」
「…ジェシー……」
「私ね、今度デニスと結婚することになったのよ」
「…本当に?!おめでとう!…よかった。私まで嬉しくなるわ」
「ん。ありがと。…ママもね、あのあと勉強し直すって言ってアダルトスクールに通い始めたんだけど、最近そこで素敵なボーイフレンドができたのよ」
「……本当に?」
マリアは何とも言えないぐらい嬉しい気持ちになった。
「本当よ。はりきってスクールに通ってるわ。…だからもう気にしなくていいわ、あなたもパパも」
マリアは胸がいっぱいになり、涙がこぼれてきた。
「……ありがとう…ジェシー……そんな優しいままでいてくれて…」
「泣かないでよ、私まで涙が出てきちゃう」
ジェシーも涙声で答えた後にこう言った。
「だからね、私の結婚式にパパと2人で来てよ」

 フランクが帰ってきたのはそれから1時間後だった。
「ただいま、マリア。チリ作ってるのかい?いい匂いだね。嬉しいな」
と咥え葉巻で言いながら玄関から入ってきたフランクに、マリアが廊下の奥から駆け寄って来て抱きついた。
フランクは咥えていた葉巻を手で受けて、マリアの背中を抱きながら、
「愛してるよ」
と笑顔で言ってキスをしたが、マリアが泣いているのに気づき、驚いて、
「何かあったのかい?!」
と聞いた。
 マリアはフランクに抱きついたまま、ジェシーからの電話について報告し始めた。

THE END 





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