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ヘルシー花二郎開店 前編


「ねぇ、モッコリ豚」

夫がそう言って私に話しかけた。
一瞬、耳を疑う。

確かに、私は夫より、だいぶ横幅に厚みがある。
贔屓目に見ても、決してスレンダーボディーではない。
しかし、だからといって20数年共に暮らしてきた伴侶に対して、
豚呼ばわりは、ちょいっと言葉がすぎるのではないか。
そんな呼ばれ方をして、「なあに」なんて
ご機嫌な返事ができるほど私の心は広くない。
思わず

「おおん?」

と下顎を突き出して夫を見た。アントニオ猪木降臨である。
その後の夫の発言によっては、私は盛大にゴングを鳴らして、
延髄斬りをお見舞いしていく覚悟であった。
私の鼻息はいやが上にもブーブー荒くなる。

「…も、モッコリ豚の動画みつけたから、い、一緒に見ようと思って…」

youtubeで、ラーメンの動画を見つけたらしい。
【モッコリ豚】とは、何と、ラーメン屋さんの店名だそうだ。

その動画を私と一緒に見ようと話しかけたら、
多くの単語が、はぶかれ、抜け落ち、簡略化され、
「ねぇ、モッコリ豚」
と、口をついて出てしまったらしい。
いくらなんでも簡略化が過ぎる。これは本心に違いない。
そんな疑念が拭えず、私はモッコリではなく、
ムッスリとした表情で、夫を見た。

「そんなふうに怒ったら、豚に失礼だよ!
豚、かわいいよ!ベイブ可愛いもん!」


確かに映画に出てくるベイブは可愛いが、その発言では、
豚=私、という図式は保たれたままだ。
「豚」の部分に対しての否定がないのが、大変気にかかる。
大きな墓穴を掘りすすめようとする夫に、

「こういう時は、豚とベイブを可愛いと褒めるよりも、
女房を可愛いと褒めたほうが、丸く収まるってもんだよ」

やさしく言って聞かせた。

日本のラーメン屋の多さには驚いてしまうが、その中でも、
ボリューム満点の二郎系ラーメンは根強い人気がある。
ちなみに私を憤然とさせたモッコリ豚も、
その二郎系ラーメン店の一つである。
しかし、この二郎系、トッピングのコールやら何やら、
一見さんには近寄りがたい空気があり、
私も興味はあるが、一度も食べに行ったことがない。
そんな人のためなのかわからないが、
二郎系ラーメンに近い味や見た目のチルドラーメンが
コンビニで販売されたりしている。
巷では「コンビニ二郎」などと言われているようだ。

夫たっての希望で、一度、このコンビニ二郎を買って食べてみた。
私は普段ラーメンを食べる時、野菜を全て食べてから、
好物の麺をすすっていくのであるが、
このコンビニ二郎は、もやしキャベツ太い麺を一緒に、
濃厚なスープを絡ませて食べるほうが美味しかった。
一般的なラーメンと違う、独特な味わいは、
夫の記憶に強く残ったようで、
その日以来、夫はyoutubeで二郎系ラーメンの動画を
指をくわえながら見るようになった。
しかし、基本、夫は外食をあまり好まない。
できれば、何でも家で食べたい人なのだ。
そんな夫に、二郎はかなりハードルの高いお店だ。
夫は言い放った。

「ねぇ、ウチで二郎作れないかな?」

「おおん?」

今回二度目の猪木登場である。
夫はいつもこうなのだ。
私は今まで幾度となく、
一度も食べたことのない店の料理を再現させられてきた。

ついには、二郎まで再現しろと言う。
今まで何度も言ってきたセリフが、口をつく。

「あのねぇ、私はシェフじゃなく、主婦なの。
ラーメンなんて、イチから作れるわけな…」

うるうるした瞳で、夫が私を見上げていた。
そのうるうる感は、アニメのとっとこハム太郎を彷彿とさせる。

「花ちゃんなら、できるのだ!頑張るのだ!」

そう言いたそうな表情を見て、私はひとつ、ため息をついた。
簡単に二郎を再現できる方法はないか、ネット検索する。

あった…。

人類の食への探究心の素晴らしさを思い知った私は、
ネット上に多く寄せられた二郎ラーメンの作り方を参考にし、
簡単に二郎っぽいラーメンを作ってみることにした。

後半へ続く。






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