チラシの人
私の夫はチラシが好きだ。
おそらく本人には自覚がない。しかし、パソコンでスーパーのWEBチラシを見ては、アレが安い。コレもいい、とよく騒いでいる。
夫が一番盛り上がりを見せるのは駅弁大会と、北海道、福岡などの野菜や名産品フェアのチラシが出たときである。
「おっ! 北海道産のアスパラがくるよ!」
「サッポロクラシックあるかな?」
「ジンギスカンが980円だって!」
とにかくうるさい。
それだけで、20分くらいはご機嫌に騒いでいる。
それならばと、喜び勇んで買いに出掛けるのかと思いきや、そうではない。ほぼ、私に買いに行かせるのだから、全くもって納得がいかない。
数年前、あるスーパーが盛大にオープンしたときのこと。
ニューオープンのチラシがネットに上がったときの夫の盛り上がりは、本当に凄まじかった。鼻息を荒くして、目をらんらんと輝かせ、パソコンモニタを見ながら一人で興奮していたのである。
「こりゃあー、明日は戦いになりそうだぞぉ! どうする? 今から並ぶかい?」
そのとき時刻はオープン前日の午後8時。
今から並んでも迷惑になるだけだ。
昔、Windows98や、Apple製品などを買うために徹夜で並ぶ人がいたが、夫の興奮は、そんな盛り上がりを思わせるものがあった。
しかし、私としても、安く良いものが買えるオープンセールに行くのはやぶさかではない。そのスーパーは我が家から歩いていける距離ではなく、車を使うことになる。だとすると、重たいものも買えるわけだ。面倒な買い物を車で済ませることができれば、のちのち楽でもある。悪い話ではない。
そう考えた私は、チラシを確認し、何を買おうかシュミレーションをして、明日に備えた。
しかしである。
夫は、オープン当日の午後になっても動く気配を見せない。昨日の興奮はどこへやら、ぼんやりしながらラジオを聞いている。さすがの私もしびれを切らし、
「あのさ、スーパー行かないの?」
と訊くと、夫はてへへと笑った。
「あのね、チラシ見たら満足しちゃったっ!」
入念にチラシを読み込んだせいで、スーパーに行った気になってしまったらしい。夫の盛り上がりにつられた私は、肩透かしである。
「チラシ見て、あんなに騒いでたら、普通、行くと思うでしょうよ。ついでにまとめて買いしようと思ってたのに! ヒドイよ! 信じられない!」
私が怒ると、夫は悪びれもせず、くにゅっと体をくねらせながら言った。
「そんなに怒鳴りチラシちゃ、いやん♡」
夫は、楽しそうに一人でケタケタ笑うと、引き続き休日の午後を、のんびりと過ごしたのであった。
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