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フォークソング野郎 #短編小説

 「初夏を聴くと、思い出すんだよなぁ」
「あ?」
 人を呼び出しておきながら、航平こうへいがまたおかしなことを言い出した。
「何だよ、初夏って」
 俺が訊くと、航平は公園のベンチに背中を預けながら、大げさに溜息をついた。
「ふきのとうだろうがよぉ」
 意味がわからない。
 初夏とは5月初旬から6月初旬までの、ちょうど今くらいの時期のことだ。ふきのとうは春の山菜。季節がバラバラじゃないか。

「ふきのとう? 何だよ。天ぷらかよ」
 そろそろ17になろうというのに、俺は未だにふきのとうが食べられない。珈琲もブラックは苦手。そんなガキみたいなことを言ってるから、俺は杏菜あんなにフラれたのかもしれない。

「天ぷらもいいけどさ、俺はやっぱ、ふき味噌の方が好きだな。ご飯にのせるとうめーんだよ。あー、ばあちゃんのふき味噌食いてー! ってそうじゃねーよ」
 ノリツッコミがうざい。
「じゃあ、なんなんだよ」
ふきのとうっていう二人組がいるんだよ。ふきのとうの3rdシングルの曲が『初夏』っていうんだわ」
「なんだよ。またフォークソングの話かよ」

 同い年のくせに、航平は趣味がジジィだ。俺たちが生まれる遥か昔のフォークソングを聴いては、悦に入っている。しかもレコードだ。

「ほら、俺、札幌にいたじゃん。だから『初夏』には思い入れあんのよ。札幌の歌だからさ」
 航平は中2の2学期に、俺の通っていた中学に転校生としてやってきた。ずっと別のクラスだったせいで、あまり話したことはなかったが、同じ高校に進学してから仲良くなった。

「大通公園、懐かしいよ。札幌の街中にドーンって公園があってさ。こっちの公園は、どこも小っちゃくて肩身が狭そうだもん」
 マンションや住宅が立ち並ぶ街中に、ぽっかり穴が空いたように佇む公園は、確かに、どこか所在なさげだ。こうして二人並んでベンチに座っていても、背の高い建物から覗かれているような気がして落ち着かない。

「で? なんで、公園なんかに呼び出したんだよ」
 俺が訊くと、航平はアコースティックギターをつま弾く振りをして、
「呼び出したりして、ごめんごめん♪」
 おどけて歌いやがった。
「は?」
N.S.P《エヌエスピー》の『夕暮れ時はさびしそう』だろうが。名曲だぞ」
 またフォークソングか。
「もう、俺帰るわ」
 イラっとして立ち上がると、

拓真たくまさぁ、杏菜ちゃんと別れたんだって?」

 航平の一言が背中に突き刺さった。
 なぜ知っているんだ。
 振り返った俺は、きっと、そんな顔をしていたに違いない。航平はニヤリと笑う。

「俺の情報網をバカにしないでもらいたいね」 

 杏菜に「好きな人ができた」と言われたのは、一週間前のことだ。
 背が高く、精悍な顔をした先輩は、俺とたった一年しか違わないのに、やたらと大人に見えた。ほんの一言、言葉を交わしただけで、杏菜はその先輩に心を奪われてしまったらしい。俺と付き合い続けることよりも、杏菜は先輩に片想いすることを選んだ。「自分の心に嘘をつけない」なんてカッコいいことを言ってたっけ。

 俺が黙っていると、観念したように航平が口を開いた。
「様子がおかしかったから、気になってさ」 
 へこんでいたのが、顔に出ていたらしい。そんな自分がつくづく嫌になる。
「話したくなきゃ、別にいいんだ。でもさ、なんつーか、水くせぇなぁって思ってさ」
「は?」
 俺は航平を睨み返した。
「水くせぇのはどっちだよ」 

 中2の夏休み、両親と弟を交通事故で亡くした航平は、祖父母と暮らすために、こっちに引っ越してきた。駆け落ち同然で結婚した航平の両親は、子供が生まれても、ずっと親との関係を断っていたらしい。

 航平は、会ったこともない祖父母と一緒に暮らすことになったのだが、二人と心通わせるきっかけになったのが、フォークソングだった。家にあるたくさんのレコードに針を落とし、じいちゃんの解説付きで、それを聴いた。家にあるすべてのレコードを聴き終えた頃には、航平はすっかりフォークソングにのめり込み、じいちゃん、ばあちゃんとも仲良く暮らせるようになった。

「航平さぁ、じいちゃん入院してるんだって?」

 俺がベンチにどっかり腰を下ろしながら言うと、今度は航平の方が、
 なぜ知っているんだ。
 という顔をした。ざまあみろ。俺はヤツみたいに、ニヤリとは笑えなかったが、精一杯強がって

「俺の情報網をバカにしないでもらいたいね」

 さっき航平が吐いたセリフを、言い返してやった。

 俺の母親は今、足の親指を骨折して通院している。そのとき病院で、点滴スタンドを引いたパジャマ姿のじいちゃんを見かけたらしい。俺がその話を母親から聞いたのは、杏菜にフラれた日の夜のことだった。正直、杏菜にフラれたことよりも、航平が何も言ってくれなかったことの方がショックだった。

「そっちが何も言わないのに、俺のことなんて話せるわけないだろう。それに、じいちゃんの入院と比べたら、俺の話なんて下らない話だよ」
 吐き捨てるようにそう言うと、航平は驚くほど真面目な顔をして言った。

「そういうのは人と比べるものじゃねぇよ。自分が悲しけりゃ、どんなことだって悲しいし、どんなことだって苦しいんだ。人のことなんか知ったこっちゃねーだろ」

 こういうことをすんなり言える航平は、本当にいいヤツだと思う。でも、そんな航平を見ると、自分の底の浅さを見せつけられるようで嫌になる。杏菜にフラれてからというもの、俺は自分のダメなところばかり目につくようになった。

「じいちゃんが入院したとき、自分の世界の色が変わった気がしたよ。いつ終わるかわからない映画を、延々と見せられているみたいだった。でも、拓真がいつも通り話しかけてくれるとさ、元の世界に戻れるような気がしたんだ。  だから、じいちゃんのこと、言えなかったんだ。ごめんな」

 言い訳まで、大人びている。
 俺が杏菜にフラれたことを言えなかった理由が、恐ろしく子供じみたものに思えてくる。このとき俺が航平に返した言葉も、ゾッとするほど子供じみていた。

「俺はガキだからさ、そういうのわかんねぇわ」
 皮肉をたっぷり込めたつもりだったが、航平は笑っていた。
「何だよ。馬鹿にしてんのか」
「ちげーよ。やっぱ、付き合いやすいなーって思ってさ」
「あ?」
 やっぱり馬鹿にされている気がする。
「実はさ、じいちゃんの手術がうまくいったんだ。頑張ってリハビリしたら、うちに戻れるらしい」
 航平の嬉しそうな顔を見て、ふてくされていた気分が一気に消えた。

「え? マジ?!」
「うん、マジ」
「おー! やったじゃん! 航平、よかったなぁ!!」
「ほら、そういうとこ」
「あん?」
 航平は満面の笑みで俺を見た。
「さっきまでムッとしてたのに、じいちゃんのこと話したら、すぐ喜んでくれたじゃん。そういうとこさ、付き合いやすいっていうか、拓真の長所だからな。失恋なんかにめげずに、今後も伸ばしていけよ」
「えらそうに」
 俺は思わず、ふん、と鼻を鳴らした。見ようによっては、俺のガキっぽさも長所になるのか。そう思ったら、何だか少し、気が楽になった。

「杏菜ちゃんかぁ。あー、あの子、ちょっと惜しいんだよなぁ」
「何が?」
 せっかくいい気分になってきたのに、杏菜のことを蒸し返されて、俺はまたムッとした。
「杏菜って名前はいいんだけどさ、漢字が気に入らねぇ」
「は?」
「あんずの『杏』に小松菜の『菜』じゃなくて、安心の『安』に奈良の『奈』だったらよかったのになー」
「なんでだよ」
 意味がわからない。
甲斐よしひろだよ。甲斐バンド『安奈』っていう名曲があるんだ。知らねぇの?」
 またフォークソングか。
 俺は苦笑いしながら、ベンチの背もたれに首を押し付けて空を見上げた。

「この、フォークソング野郎がっ!」

 悪態をつきながら目にした初夏の空は、清々しいほど青かった。





今回もこちらの企画に参加しました。
ちなみに私は甲斐バンドの「裏切りの街角」が好きです。






お読み頂き、本当に有難うございました!