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狂おしきラッキョの一日


私の夫は、若葉眩しい5月になると、ソワソワしはじめ、
何やら横で、モニョモニョ言い始める。

「ねぇねぇ、そろそろラッキョの季節だよ」

あぁ、そうねぇ、とツレナイ返事をしておく。
私がツレナイので、夫は「う~」と言いながら
口をにゅっと尖らせている。不満げなタコである。

その後、ネットを見ながら夫が、
砂地に生息するキツネ、
フェネックのように瞳をうるうるさせ、

フェネック

「ねぇねぇ、鳥取でラッキョ販売の予約始まってるよ!」

と、自らの愛くるしさを最大限に発揮し、
夫は本格的な「ラッキョ食べたいです」アピールを開始する。
私は夫のフェネックビームに負けじと、
へぇ、そうなの、と再びツレナイ返事をする。
夫、また「う~」と言って、タコみたいに口をにゅっと尖らせる。
この「にゅっ」とするのが面白くて、
私は大体2回はツレナクするようにしている。
しかし、調子に乗って何度もツレナクしていると、
ラッキョの予約販売が完売してしまうので、
ある程度、夫の「にゅっ」を楽しんだら、
大急ぎで、ラッキョを購入しなければならない。
今年は3キロ買った。

買ったといっても、予約販売なので、すぐ来るわけではない。
私の予想していた到着目安は5月末から6月の上旬なのだが、
こればかりはラッキョの生育状態や気候に左右されるのでわからない。
発送後にメールが来るので、それまでは待機となる。
この待機が案外長く「まだ来ないや」などと呑気に構えていると、

「本日発送しました。到着は明日中の予定です」

突然、購入先からこのようなメールが届く。
到着目安を予測していたにもかかわらず、私は「えぇ!」となる。
到着指定を午後に指定し、午前中のうちに保存瓶を買い、
大慌てで瓶の殺菌処理をした。

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ラッキョは買ったら、即、漬けないと、
産地直送してもらった甲斐がない。
生命力のあるラッキョは、光を遮断した状態で保管しないと、
すぐに芽が出てしまうからだ。
活きの良いうちに漬ければそれだけ美味しいラッキョができる。

午後になり、ラッキョが我が家に届いた。

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3キロと言われると、結構な量を想像されるかもしれないが、
薄皮や根を取ってキレイにしたら、
Mサイズ3キロで約1キロほどの皮や根が出るので、
それを想像しながら、瓶を用意したり、
調味料を買ったりしないといけない。

とりあえず、その日浅漬けで食べる分を先に剥いて、
10粒ほどをポリ袋にいれ、強めに塩をした。
このラッキョの浅漬けが、夫の大好物なのだ。
このためにラッキョを買っていると言っても過言ではない。
運良く翌日が休日だったため、
夫はこの浅漬けを食べることが出来たが、

翌日に仕事や予定のある方は、
絶対に食べないで下さい。(臭い強烈です)


さて、ラッキョ漬け最大の難関は、剥きの作業である。
根を切りすぎない程度に切除し、皮を剥く。
薄皮だけでは、まだ表面がプリッとしていないこともあるので、
もう一枚剥く。親指の爪が大活躍である。
一度でも生ラッキョを扱ったことのある方ならわかると思うが、
ラッキョはとにかく強い臭気がする。
玉ねぎをみじん切りすると、目にしみる。
アレに近いくらいのパワフルな気が、ラッキョから放出されるのだ。

中国伝来の技を受け継いだ世界的な気功師でも、
ラッキョほどの気を出すには、相当な修行が必要だろう。
そんな気功師を凌ぐほどのラッキョパワーを
私は皮を剥きながら、目から頬から指先から、
素手で受け切らなければならない。

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受け切った。

後は、大鍋に熱湯を沸かし、この剥いたラッキョを
大さじ3程度の塩でザクザク洗い、水で流した後、
15秒ほど湯にくぐらせる。
塩で洗い、湯にくぐらせることで、ラッキョの実が締まり、
殺菌効果も期待できるそうだ。
ここから、各々好きな味付けで漬ければいい。

一般的な甘酢味。
一二三漬けと言われる醤油味。
こっくりとした味噌味。
らっきょの気を最大限味わえる塩。

この日、我が家では、甘酢と醤油を作る予定になっていた。

よし!これから瓶に詰めて漬けようか!
という段になって、夫が例のフェネック光線を出し、

フェネック

ねぇねぇ、やっぱり塩ラッキョも食べたいよ。
こんな漬け方の塩ラッキョがあるよ。

と、レシピを見せてきた。
土壇場での予定変更に苛立ちを感じながらも、
ここでやらないと「やっぱり塩も食べたかったな…」と
一年間言われかねないので、甘酢を減らし、塩を漬けることにした。

漬け方は人によって様々だ。
ネットを検索すると、本当に色々な付け方のレシピが出てくる。
こういう漬物は、挑戦してみたい味を探していくうちに、
我が家の味になるのが楽しみの一つだと思う。

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仕込みが全て終わった瓶を眺めながら、美味しくなってくれよと、
瓶をポンポン叩く。

「あぁ、終わった終わった。良かった、良かった」
そう言いながら、
仕込んでおいたラッキョの浅漬けを夫婦でつまみながらビールを飲む。
匂いは強烈だが、ヒリヒリピリピリした口の中をビールで流しこむと、
もう狂おしいほどにうまい。
あまりの合いっぷりに夫が横で昇天している。

昇天とうらん

くぅううう~…

ちなみにこのラッキョの浅漬けは、
尊敬する東海林さだお先生の「マツタケの丸かじり」で知った。

ラッキョは、野菜であるにもかかわらず、
修行中の僧侶が口にすることは許されない。
らっきょは、ネギ、にんにく、玉ねぎ、ニラ、と共に
五葷(ごくん)と呼ばれ、禅宗などの寺院に行くと、
肉や生臭い野菜を食べたり酒を飲んだりした者は、
修行の場に相応しくないので立ち入りを禁ずる
という意味の石碑が立っていたりする。
つまり、私たち夫婦が、今この瞬間、
急に悔い改め仏門に入ろうと思っても、
ラッキョの強烈な臭いのせいで、敷地の中にすら入ることすら許されず、
文字通り、門前払いとなってしまうのだ。
禅寺が恐れをなすほどに、
ラッキョは、人の心を乱すパワーと臭気を放っているのである。




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