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葛根湯を飲むタイミング

 我が家では、葛根湯かっこんとうを常備している。
 急に季節が変わったせいか、妙な調子の悪さがあるのだが、そんな微妙な体調の悪さに対応してくれるのが葛根湯だ。

 しかし、この葛根湯、飲む決断をするタイミングが非常に難しい。
 熱や咳、鼻水などの症状が出てから飲むのでは遅いのだ。私は比較的気軽に葛根湯を飲んでいるが、やはり薬は薬なので、サプリメント感覚で飲むわけにもいかない。どこかのタイミングで、「今日は葛根湯だな」という決断を下さなければならないのだ。

 今日も体調がイマイチで、葛根湯を飲むか、補中益気湯ほちゅうえっきとうを飲むか迷っていた。

 ちなみに補中益気湯は、気力、体力が落ちていると感じたとき、「気」が下がっているという実感のあるときに飲むと、下がった気力を、その名の通り補ってくれる。葛根湯よりもお高いが、気軽に飲め、疲れに良く効くし、眠りも深くなる気がするので我が家の大事な常備薬だ。

 目の前に葛根湯と補中益気湯を並べながら、「今日はどっちがいいかなぁ」と言っている私を見て、夫が言った。

「葛根湯っていうのはね、淳二が来る手前で飲まないとダメだよ」

 夫の言う淳二とは、怪談話の名手、稲川淳二のことである。

「やだなー、怖いなあー」
「怖いなー怖いなー」
「変だなー変だなー」

 稲川淳二の怪談話で、幽霊の気配を感じたときに発するこれらの台詞は、稲川淳二の物まねをするときの常套句にもなっている。

 夫から、急に稲川淳二の話しを持ち出されて、私も戸惑いを隠せなかったが、つまりこの場合、稲川淳二を「風邪の気配」と置き換えて考えればいいのだろうか。
 夫は続ける。

「淳二に『やだなー』って言われてから葛根湯を飲んでも遅いと思うよ。『やだなー』って言われちゃったら、もう麻黄湯まおうとうじゃないとダメだろうね」

 麻黄湯とは、風邪の初期症状に飲むといいと言われる漢方薬だ。節々が痛くなり始めたり、悪寒がしたり、それこそ「来た!風邪だ!」という自覚が芽生えたときに飲む。
 何だか漢方薬講座のようになってしまっているが、我々夫婦は漢方医でも薬剤師でも何でもない。ただの素人である。それなのに夫は、漢方医さながらに私に話しをする。

「葛根湯を飲むタイミングはね、淳二が『やだなー』の『や』を言おうとして、息を吸い込んだ瞬間に、すかさず飲むのがいいんだよ。それがベストタイミングだね」

 果たしてそうなのだろうか。とんでもない素人考えなのではないかと思いつつも、淳二の気配を感じようと私は自分の体に意識を集中させた。

 私の淳二はどこにいるのだろう。
 そう思っていたら、脳裏に稲川淳二の姿が浮かんできた。「あ、淳二だ」と思う。すると、淳二がこちらに近づいてきて、やや血走った目で私を見た。その次の瞬間、淳二が「や」を言おうとして息を吸い込んだのである。

 私はすかさず袋を開封し、水でゴクリと葛根湯を流し込んだ。




 私は一時期、ツムラの漢方処方解説などを良く見ていました。
 最近は、漢方薬も気軽にドラッグストアで買える時代になりましたが、ご使用の場合は、専門医や薬剤師に御相談の上、用法用量を守って正しくお使いください。(テレビCMみたいですね)




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