ちょっと好きになりそうな瞬間
恋愛という意味で、私は自分から人を好きになったことがない。
しかし、ああ、こういうときに好きになってしまうのかもなあ、と思ったことは何度かある。
以前住んでいた町で、近隣にチェーン展開している中規模の美容院を利用していた。スタイリストを指名する方式であったが、私はいつも「指名なし」で予約した。
毎回違うスタイリストに担当してもらっていたが、印象に残った男性スタイリストがいる。
施術の間に何を話していたのかは覚えていない。おそらくいつも通り当たりさわりのない世間話だったと思う。
カットが終わり、いかがですか? となったとき、そのスタイリストは両手で私の頭を上から耳の下あたりまで、ふわっとなぞった。
その触り方に私は思わず鳥肌が立った。嫌悪感からではない。むしろ大切にされているような、くすぐったさを感じたのだ。
パーソナルスペースでいう、恋人距離に入り込まれたような気がしたのである。
美容院でカットしてもらっているのであるから、物理的には当然至近距離に立っている。でもそれだけではなく、心理的にもぐっと距離を詰められたような感覚がしたのだ。
そのとき、人恋しく寂しい気持ちを抱いていたなら、その人を「ちょっと好きになって」しまったかもしれない、と思った。当時の私はすでに結婚し、そのような熱量は持ち合わせていなかったが。
のちに別の美容院でこの話をしたら、「ああ、そうやって指名を取ろうと好感度上げてくるスタイリストは、結構いるんですよね」とにべもなかったが。
閑話休題。
大学時代の友人たちと集まる機会に、私と一人の友人に待ち時間が発生したときのこと。
その友人はどちらかと言えば、知人に近い間柄であり、そのときも久々の再会であった。連絡を取り合ってはいないが、会えばそれなりに会話は弾むというくらいの友人。
待ち時間にどこかでお茶でも、と一緒に歩いていると、その友人は目についた靴屋に入ろうと言う。
どうしたのかと聞くと「さっき靴が欲しいと言っていたでしょう?」
ほかの友人たちとの雑談の中で、私が話していたことを覚えてくれていたらしい。
私はその友人を異性として意識したことはないし、私のことも意識されていないことを知っていた。さらにいえば、そのときお互いに恋人がいることも知っていた。
それでも、私はこの人がもてる理由はこういうところにあるのだな、と妙に納得した。
単純に気が利く人、ということなのかもしれない。しかし、異性に対して細やかな気遣いを自然にできる人、はそんなに多くない気がする。
おそらくその友人は相手が私でなくとも、同じことをするだろう。
だからこそ、パートナーがいない人や、友人に少なからず好意を抱いている人であったら、ささるのではないかと思ったのである。
そこから恋愛に発展することで、いろいろな出来事が待ち構えているのかもしれない。どちらかというと、それらを面倒だなあと考えて生きてきた。
でも、そうした「ちょっと好きになってしまったかも」という瞬間を経験してみたかったな、などと思ったりもするのである。
これまでに、頭の中に浮かんでいたさまざまなテーマを文字に起こしていきます。お心にとまることがあれば幸いです。