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はじめての命日の過ごし方、考えたこと

5月

父のはじめての命日がありました。

少し前に"命日反応"があったりもしましたが、
そんな症状はそのときをピークに減っていき
命日の日はどうやって過ごそうか
考える余裕がありました。

でも、何をして過ごすかは
そのときの気分に委ねることにしました。

そしてとうとう来た命日・・・

1年が経ってしまったんだね。


体調が安定しているからこそ
不安定に引っ張られないようにしたい、
内にこもらないように外に出たい、
という気分でした。

家の中で父(が来ている気がして)と
一緒に過ごすとか、
海に行って気持ちをすっきりさせるとか、
そんな選択肢もありましたが
結果的に、そうはしませんでした。

↓したこと↓

前日の夜にネイルをした(レモンみたいな黄色)

美容室に行った(オン眉を復活させた)

学校の授業の復習をした

授業はオンラインと対面を毎日選べるのですが、
学校まで行き対面で受けた


・・・と、
普段していることに
わくわくすることを追加した1日でした。

特別 父を悼んだりせずに過ごしてしまいました。


悲しみに浸りたいときもあれば、
もう充分悲しいからそこから抜けたいときもあります。

命日の私の気分は後者だったのかもしれません。



父が亡くなったことに影響を受けて、
気づいたら母も弟も私も
それまでの生活を休止して、
新しいコミュニティを見つけ、
やりたいことに向かって変わっていました。

父の会社にも変化はあっただろうし、
私も退職をして会社の組織を変えていた。

人はひとりでは生きていないというのは
ほんとうで、
誰かが変化すると周りも変わっていく、
そうやって生きていくのだと

改めて考えたりもしていました。


父と一緒に今も過ごしていられたら、
とは本当に思うけれど、
あの経験に導かれるように
私はやりたいことを言語化できるようになって
そして飛び込むことができて、
様々な感情を知ることもできて、

貴重な経験をさせていただいたのだと思います。

一緒にいたかったんだよ、
だから言葉が合っているかわからないけれど、
経験を与えてくれた父に感謝しています。 


なんだかまとまりませんが、
最後まで読んでくださった方
いつもありがとうございます。

1年が経ち私の心も落ち着いたので、
父の話はしばらく出てこないかもしれません^^

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