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告白してないのにフラれる、レイシストと地理の学び

アフリカ大陸についてどのくらいお詳しいでしょうか。私は基本的に無知な人間でして、世界のことについて空っぽで生きている。学校教育でインプットしたはずの歴史も地理も、何もかも完全に銀河系の彼方でブラックホールに吸い込まれている。

どのくらい救いがないかというと、南米とはアメリカ合衆国内の南側だと(東日本と西日本みたいな)思っていたくらい。南アメリカ大陸のみなさんごめんなさい。

私が入り浸っているカフェに、ある時、10人ちょっとのご婦人の団体がやってきた。このカフェは地元の文化センターの中にあるため、見学や催しや何かをした利用者がお茶をしにやってくることがある。

私はそのご婦人の団体を眺めながら、地元の人なのか観光客なのか見極められずにいた。私の人を見る目はかなり怪しく、だいたい当たらない。この場所は旅行客の多いスペインの島で、外国人なら一目瞭然だが、スペイン語話者だと私には地元民か旅行客か見分けがつかない。

私の横を通り過ぎるご婦人たちは、目が合うと、「ブエノスディアス」と挨拶をして通り過ぎて行った。全員中高年の女性である。

そのご婦人団体と同時にカフェに入ってきた黒人男性がいた。男性は片手に杖をついて、黒いスポーツウエアのジャケットに黒い長ズボンを履いていた。少し歩きにくそうな様子で、ご婦人たちと同じ方向に通り過ぎたが、しばらくして戻ってきてトイレに行った。この男性は、状況的に、ご婦人団体の一員なのだろうと80%くらい思うのだが、もしかしてたまたま同時に入ってきた関係ない人なのかなという考えも捨てきれなかった。あまりにもご婦人たちの輪の中で異色だったからである。

その黒人男性は、私のところにやってきて、話しかけてきた。彼の名前はアントニオという(後になって知った)。私はアントニオが何語を話しているのか即座に判断できず、何度も聞き返したら、「あんたはアシアティカ(アジア人)か」とスペイン語で訊いていたことがわかった。えぇ、そうですよ、と返事すると、「中国人か」と訊いてきた。いえ、日本からですよ、と言うと、「そうか、日本人か」と言ってアントニオは黙った。

けど、まだそこに立っている。私はあまり社交的な人間ではないし、当たり障りのない大人の雑談というのが得意ではない、そもそもスペイン語もたいしてできない。それでも、この状況(喋り終えても立ち去らない)は、まだ会話を続けるのが望ましい場面だな、と察した。

なので、「あなたはどこ出身?」と訊いてみた。アントニオが言った国名が私には聞き取れなかった。彼は何度もリピートして、私は部分的にギニアと聞き取れたので、ギニア?うんうん、とわかったような顔をして見せた。

アントニオは、それでもギニアよりも長い国名を繰り返すので、私はメモを取り出して、「書いてくれる?」とペンを渡した。アントニオは、難しそうにペンを握って(後から聞いたのだが、病気で体が不自由だそう)、「Guinea Ecuatorial」と書いた。後で調べたところ日本語では赤道ギニア共和国というそうだ。

「知ってるか?どこだ」と確認してきたので、私はアフリカでしょう?と答えたら「首都は知ってるか」と重ねて尋ねられた。知らない国の首都を答えるなんて、クイズが難問すぎるよ、アントニオ。選択肢から選ぶならまだしも、首都名をダイレクトに答えるのは、初めて会った人のおじいちゃんの名前を当てろと言われてるくらい無理だよ。

正直に私は「わからない」と答えた。アントニオは「Malaboだ」と言って書いてくれた。そして、彼は「この国は、アフリカで唯一、スペイン語を話す国だ」と言った。アフリカはフランス語が公用語の国が多いのは知っていたが、スペイン語が公用語の国があるなんて初耳だったので驚いた。

なるほど、アフリカの人だけどスペイン語圏だから、スペインの文化に親しんでいるところがあるのか、「だからFCバルセロナのジャケットを着てるんだね」と私は彼のジャケットの胸にあるエンブレム(バルセロナのサッカーチーム)を指差して言った。すると、彼は「いや、俺はマドリードを応援している。マドリードが一番だ。これは着ているだけだ」と言うので、私はひっくり返って笑ってしまった。

アントニオは、FCバルセロナのジャケットを着ているけど、おそらくもらったのか何かで、寒さを凌ぐための便宜上着ているだけであって、バルセロナへの親愛はないのだ。もしバルセロナのファンだったら、私もだよ〜と言ってなごむかと思っていたのだが、告白していないのにフラれた気分である。

サッカーに興味がない方はご存知ないだろうが、スペインサッカーはいつも首都のマドリードと2番目の大都市バルセロナが宿命的にライバルである。これは日本人にはわかりにくいのだが、阪神巨人の対決どころの騒ぎではない。質が全く違う対立なのです。それは、スポーツの枠を超え、歴史的、政治的、民族文化的にとても重要な意味を持つ対立なのだが、ここでは本題から逸れるので触れないでおきます。

さて、アフリカで唯一スペイン語が公用語の赤道ギニア共和国という国があり、この国の首都はマラボで、アントニオはマドリードを応援していることがわかりました。最後に、私は彼に名前を尋ねて(ここで初めて聞いた)、私も名前を言って、「お会いできて嬉しかったです。アントニオ。さよなら〜」と会話を終えました。

なぜアントニオは私にわざわざ話しかけて来たのだろう、とぼんやり考えていたのですが、お互いに周囲とは異質な、マイノリティだからという共感か。珍しい存在だったから、話しかけてみたかった純粋な好奇心か。または、、、書くとポリティカルコレクトネス的に当たり障りがありそうなので控えときます。

家に帰り、私は相方にこの話をしたところ、「さすが、どうレイシストになるか、彼は知ってるね」と笑いました。私はどこがレイシストだったのか気づかなかったのですが、アントニオが言った「アシアティカ(アジア人)か?」という言葉、スペイン語ではasiática、英語ではasiaticという言葉は、辞書で調べてみると「人に用いると軽蔑的」と書かれていたので、そうみたいです。もちろんその言葉が軽蔑的だと知らなかったので、ちっとも私は嫌な気持ちはしませんが。

むしろ私もアントニオに対して、完全に見た目でジャッジをして、ご婦人たちの一員じゃないのかもと疑ってた(ここでは書けない単語が頭の中をよぎっていた)くらいで、私も負けず劣らずレイシストです。濁った目をして澱んだどす黒いハートを持ったアジア人です、恥を知れ私。

アントニオのおかげで、アフリカにはギニアとは別に「赤道ギニア共和国」という国があることを知りました。さらに、アフリカにはフランス語や英語が公用語の国以外にも、ポルトガル語の国も多いことを知りました。侵略の過去ですね、暗く重たく、興味深いです。

そしてスペイン語の国は一つだけ、赤道ギニア共和国。この国のことは、調べると「ほぅ」と目を開かずにいられない国で、「アフリカの北朝鮮」と呼ばれ、大統領が長期に独裁をしていて、かなり閉じた国で外国人が旅行しやすい場所ではなく撮影に制限があるとか。

アフリカでスペイン語だから、なんだか打楽器を叩きながら踊ってそうな呑気なイメージを脳内再生していましたが、雲行きが違う。石油の産出国で、国の財政はリッチなはずだが、国民の多数は貧困で、つまり大統領とその一族だけが超裕福な、猛烈に腐敗した国として有名だそう(大統領はアフリカ有数の富豪)。金正恩やプーチンと気が合いそうな大統領みたいだ。行ってみたい気持ちはモリモリ湧いてこない。

アントニオが、あんたアシアティカか?とレイシストに話しかけてくれたおかげで、たった数分のやりとりでも、たくさんのことを学びました。学校で地理や歴史を学ぶよりおもしろい。

アントニオ、ありがとう!バルセロナの方がマドリードより良いチームだけどね!

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