何も出来ない日々
お久しぶりです。はなたろです。
ここ数ヶ月で世界が様変わりしてしまいましたね。
誰もこんな事態、想像もしてなかったでしょう。
当たり前だったことがそうじゃなくなるまで、人はその"当たり前"がどれだけ有り難い事なのか、気付くことがなかなか出来ません。
それが人間です。かくいう私もそうでした。
身体障害者になるまで、『歩く』、『走る』、『しゃがむ』、『長時間の買い物』、どれもが"当たり前"の出来事でした。意識さえしていませんでした。
それがどれだけ幸せな事なのか気付けないまま、私は自分の命を粗末に扱ってしまった。
失って初めて気付くなんて、本当にバカです。杖なしでは外出は出来ません。走ることも出来ません。しゃがむことも出来ません。長時間お買い物に行くことも難しいです。休憩をしながらでなければ、足が悲鳴をあげます。
だんだん私は、外の世界から距離を置くようになりました。パニック障害も患っている為、いざ翌日外出する予定が入ると、緊張で眠れなくなってしまい、結局外出を断念するという事が多くなっていきました。
パニック障害の心配と足の心配両方があるので、起きる時も出発の3時間位前じゃないと不安です。せかせかするタイプではないので、落ち着いてゆっくり準備をする事も私の心の安定に影響します。
なのでここ最近は髪をカットしに行く以外は外に出ない生活を送っていました。
なので自粛期間中、皆さんのお家時間は、私にとってはごく普通の日常でした。それくらい私は外に出ません。ここ最近はさらに外部への遮断が酷くなっています。
私は大量に輸血を受けた身なので、献血にも行けません。臓器移植や骨髄バンクにドナー登録も出来ません。
多くの人に助けられた命なのに、そのご恩を返す術がないのです。
医療従事者の方々にもたくさんお世話になりました。入院中、皆さんがいなければ私は絶望していたかもしれません。激痛のリハビリも拒否していたかもしれません。
生きてて良かった。そう思えたのも、看護師さんや主治医の先生、理学療法士さんの私を少しでも元の状態に戻そうと頑張ってくださっている姿を見ていたからかもしれません。
本当は立つことはもう出来ないと診断されていた体です。皆さんがどれ程の思いで私の看護にあたってくれていたかと思うと涙が出ます。
ただ、何も出来ずに生きているのは正直辛いです。親に負担しかかけてない。
今回のコロナの件で、いつ両親が亡くなるかも分からないんだと、改めて痛感しました。そして怖くなりました。私は親に甘えまくっている。母は焦らなくていいと言ってくれますが、焦らないはずないじゃないですか。独り立ちして安心させたい。そんな気持ちが日に日に大きくなっていきました。
HSS型HSPの気質を持っているパニック障害の身体障害者。働けるところなんてあるはずない。自営しか道はないのかもしれません。
働いて周りに気を遣い過ぎ、鬱症状が悪化して外に出られなくなっては元も子もありません。
最近食欲もなく、体重も3kgほど減りました。私は148cmしかないので、この身長の3kgはでかいです。まだ許容範囲内なのであと2kg落ちたら無理にでも高カロリーな物を摂取しようと思います。
本当に私は、あの時生かされてよかったのでしょうか?
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