あるものをないように|スター|読書感想文
朝井リョウさんの「スター」を読んだ。
主人公は、名門と言われた監督のグループに入った尚吾と、Youtubeで映像制作を続ける紘。大きな夢への向き合い方と考え方について、大切なことを忘れていないか?と優しく問いかけてくれる物語だ。
印象に残ったのは、登場人物たちの葛藤とその結果。映画を作ることではなく、映画の現場が好きだったと気付いて職種を変えた浅沼。映画業界を盛り上げるオンラインサロンという枠を作って人々を束ねるうち、中身が伴わなくなっていた泉。本当は比べられないものを比べ続けて、切り捨てられないものを切り捨ててしまっていた尚吾と千紗。
人物ひとりひとりに、わかりすぎる点が多くあって、まるで自分の過去を洗いざらいにして並べたような感覚に陥った。
浅沼のように、特定の業界に関わりたいと思っていた私。
けれど。それはただの”好きな名詞”なのであって、”好きな動詞”ではなかった。むしろ、好きな名詞の上でしか成り立たない、苦手な動詞をずっと追いかけていた。だから苦しかったんだなと、今なら思う。
泉のように、やりたいことよりもコミュニティが先行してしまう集まり。
ただ、私はその周辺を取り巻く人になりたかっただけなのに、いつのまにか成し遂げたい目的がないという事実に囚われて、士気を失っていく。入りたての頃のワクワクを忘れてしまう。でも、コミュニティに入っていたら、”ないものをあるように見せること”ができてしまう。その環境に安住してしまったら、もう悪い遺伝子は体の中に取り込まれてしまっている。
尚吾が指摘したように、誰でもできることしか私にはできなかったから、迷っていたんだ。
千紗のように、勝手に比べて傷ついてしまう心。
何かを選択することは、何かを捨てることだから、捨てる理由を考えないといけない。明確な理由がなかったら、何かを捨てるために、何かを責めたほうが便利なときだってある。そんな比較を毎回していたら、切り捨てちゃいけないものが何なのかわからなくなる。責めちゃいけないものを責めてしまう。
過去の自分と重なる人物たち。
しかしこれに明確な特効薬はないし、作品中でも示されていない。
だからこそ。
どんなものに出会って、どんな評価を受けても、環境や他人や過去のせいにせず、自分がやっていることに対して胸を張っていられるようにしたい。自分のそばにいてあげられるのは自分だけなんて言うけれど、まさにそうだと思う。自分のことは自分で納得できるまで悩みましょうって、中学生くらいで教えられる基本的なことを、きっと働いているうちに忘れてしまっているのだ。だからこそ、一度視点を後ろに引いて、俯瞰することが大切なんだ。
一冊で、私が悩んでいた過去をざらざらと洗い出す朝井さんの作品。近年の動向を滑らかに取り入れて、かき回す能力。圧巻だった。もっともっと、彼の作品で、心を洗ってみたい。どんなものが流れ出るのか、興味深々である。
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