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ちょっと枷を課してみようか

相変わらず良い事と悪い事が交互に起こる。 というか、また起こっているかどうかわからない事で気を病んでしまっている。 いかんいかん。この悪癖。 きっと、余計な事を考えられるくらいには平穏な状態なのだろう。それはありがたい事なのだ。 だけど、やっぱり自分も弱いので、気を病む事を止められない。 ちょっと、自分に枷をかけてみようか。 昨年、投薬終了もあって体重が以前の数字に戻ったけど お菓子をまた食べ始めてまた太ってきた。 去年は食べたくならなかったんだけど…。 で

    • 起こってもいないのに

      起こってもいないのに 気を病んではいけないよ。 嫌なことが起こるかもしれないと心配しながら過ごすのは 起こってから使ってもかまわない時間。 起こってしまえば、どうせ気に病まないと気が済まないなんだから 起こるか起こらないか未定のうちは、 他のこと、出来れば楽しいことか一心不乱に考えたいこと、に使うのが良し。 大丈夫。 時が満ちれば、必ず「いやこと」か「いやじゃなかったこと」のどちらかは起こる。 気に病むのは、その時でいいじゃない?

      • 2024年にやりたい事をあげておく

        ・英語学習の継続 もう少し、プライベートレッスン増やして、以前くらいの頻度(週1~2)にあげる ・中国語学習の継続 本格的にやるつもりはないけど、スマホのアプリを継続 ・ギターレッスン レッスン料があまりにも値上がるので、レッスンに通うのはもう無理。当面は自主練 ・python学習 これも本格的にやる、というよりはスマホアプリで継続して触っておく。 ・Chess 今は激弱なので、ある程度の強さになるようアプリで継続 ・仕事上の勉強 範囲が広すぎるので、地道に。しかし

        • 2024年になってしまった…

          とにかく毎年毎年、平穏ではない日々を送ることが多いわたくし。 前年と同じ環境にいる、という事の方が少なくて… でも、昨年末に、駆け込みで波が立つ出来事があったので、 今年はちょいと、エンジンふかしていこうかと思ってる。 自分的にはわりかし大きめの二者択一をしたのだけど、 選ばなかった方の関係者に「私は正しい選択をしたのだろうか…」とぼやいてしまった。 すると、その人が 「正しい選択に、自分でするのよ」 と言ってくれた。 時を同じくして、たまたま見たTVコマー

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          やっと決着

          禿げるかと思うほど悩んで、やっと決着。 さあ、どうなるかな。これから。 いずれにしろ、腹を括ったんだからもう進むしかない。

          やっと決着

          毎日毎日、結論が変わる

          フラストレーションを感じている中、とある話が持ち上がった。 それは、ここのところずっと妄想していた事。 数ヶ月前なら、飛びついた話。 だけど今は、少し状況が違う。 違うというか、頑張って頑張って変えてきた。 それがようやく実になろうかという頃に、出た話。 取捨選択を迫られる。 なぜか毎年のように、1年ごとに。 どうせそうなる星の元に生まれたのだから、 2年以上先の事を悩むのは、君の人生にとっては無駄な事。 そんなことも言われたり。 そしてそれが、あながち

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          人生は選択の連続…いつまでやったらええねん!

          とにかく、選択肢の人生。 マジで、どうしよう

          人生は選択の連続…いつまでやったらええねん!

          「知りに行かない」というディフェンス

          あいかわらず不調が続く。体が、ではなく状況が。それに伴ってメンタルが。 なので、これはもうあえて「見えない知らない聞かない」の姿勢で乗り切ろう。 見えてしまうからダメージになる。知ってしまうからやられてしまう。 あえて距離を置いて、あえて無関係になって。 自分の殻に閉じこもってしまおう。 じゃないと、しんどいわ。なんかもう。ただでさえ、気から病になるタイプなのに。

          「知りに行かない」というディフェンス

          ペース配分

          気分が上がる事が起これば、翌日には下がる事が起こる。 ここのところ、そんなアップダウンに振り回されている。 自分の心の持ちようでそうなってるだけ、と思ってはいるが、 なんというか、ちょっと疲れてきた。 状況に振り回される自分が、というか、勝手にそう思っている自分がしんどい。 なんとかせんといかんなと思っていたのだけど、 たまたま出会ったある作品にあったセリフ。 人生のペース配分ができないやつはダメ(抜粋&意訳。ほんとはもうちょい違う言い方)。 自分のメンタルが

          ペース配分

          自分で作ってるのか?

          良いことと悪いことが交互に起きると、何度か書いたけど。 なんか自分で無理やり悪いことを作りだしている気もしてきた。 良いことがあったら、無意識に悪いことを作り出してバランスを取ろうとしてるのかしら? どっちも実は起こってないってこともあるけどさ。

          自分で作ってるのか?

          浮き沈みが、ちゃんとあるなぁ

          良い事と、悪い事が、 本当に交互に来るもんだ。 ある意味、健全。 調子が良かったと思ったら、 徐々にうまくいかなくなる。 いや、そう思っているのは自分だけかも。 外から見たら、 良いも悪いもないのかも。 ただ、深く深く考えすぎる癖だけは やっぱりよろしくない。 起こってないことを妄想して、モヤモヤするのもダメ。 気楽にいく、と決めただろう? 執着はなくす。 自分のことを重たくしない。 いいんだよ。そこにそんなにしがみつかなくても。 どうせ、そこに

          浮き沈みが、ちゃんとあるなぁ

          良い事も悪い事も

          あるよなぁ、ほんとに。 寛大であることも、自覚を持った瞬間に承認欲求となるのかな。 残りの人生はおまけだと思ったはずなのに、 まだ何かに期待していたり。 ああ、 もう少し気楽に気楽に。

          良い事も悪い事も

          こういうのを幸せっていうんでしょ?

          お風呂上がりに めんどくせえスキンケアを終わらせて 髪を乾かす前に エアコンの前で仁王立ち 当然、MAPPA。 す、す、す、涼しい!!!! ああ、幸せだなぁ。

          こういうのを幸せっていうんでしょ?

          人生って意外とベタに回るのか

          ここ数か月、とにかく鬱々としていた。 それは、自分の中の承認欲求モンスターがモゴモゴと動き続けていたからなのだろう。 なんとかそれを抑え込み、視線の方向を逸らしながら、 「とにかく自分に出来ることをやろう」 という事にだけフォーカスしてきた。というか、フォーカスするよう努力してきた。 どうしてそこにいるのは自分ではないのか。 そんな思いが膨れ上がるのをなんとかなだめて、 自分の目の前にある事だけを一生懸命見ていた。 そうしたらそのうち、自分自身では全く気付かぬ

          人生って意外とベタに回るのか

          距離を置く、ということ

          人に限らない。 仕事や、考え方、恋愛もそうかも。 あれほどこだわって、欲しがって、何なら妬んでだっていたものから 距離を置く。 ようやく、頭だけではなく体も馴染んできた。 そうなると、考え方のベクトルが全く違う方向へ向く。 そう思えるようになったのは、自分ではない誰かに聞いてもらえたから。 冷静になれた。 さあ、これからどうなるだろうなぁ。

          距離を置く、ということ

          救ってくれた人がいる

          人生の中で、この人に出会えてよかった、と思える人がいる。 といっても、直接出会ったわけではない。 詳しく説明するのも野暮なので、とある芸術家、とでもしておこう。 その作品に、一瞬で魅了された。まさしく一目惚れ。 今風に「推し」という言い方をしても、もちろんいいのだけど、 少しこそばゆい気もするので、やはり「救ってくれた人」という表現にしておこう。 何の取柄もない、だけど平和な日々を送っていた人生に、目標のようなものをくれた人。 頑張って、何者かになろうと思える人

          救ってくれた人がいる