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乳製品から医学的エビデンスを考える

だいぶ前のものになるが、New York Timesで、"Are Low-Fat Dairy Products Really Healthier?"(低脂肪乳製品はホントに健康的か)という記事があった。

記事によると、これまで健康のためには低脂肪乳製品が良いということが言われてきたが、最新の研究では、低脂肪であろうとなかろうと、乳製品の摂取は高血圧や心血管疾患、糖尿病のリスク抑制に貢献することがわかってきた。低脂肪の方が太りにくいということもあまりないようだ。

Such benefits, he added, were often present regardless of whether people chose reduced-fat or full-fat yogurt, cheese or milk. And though full-fat dairy products are higher in calories, studies have found that those who consume them aren’t more likely to gain weight.

NYT, Are Low-Fat Dairy Products Really Healthier?

僕は、牛乳とヨーグルトが苦手な代わりに、チーズは好きでよく食べるのだが、それが低脂肪かどうかは全く考慮したことがなかった。たしかに、スーパーなどでは「低脂肪乳」と銘打った商品がずらーっと陳列されており、その健康上の効果を期待して買う人はそれなりにいるのだと思う。しかし、研究をいろいろやってみると、あんまり差はないんじゃないかという話にまとまりつつあると。直感的にも「うんそうだろうな」という気がします。

いずれにせよ、「要するに牛乳やヨーグルト、チーズは健康にいいので、低脂肪とかあまり細かいことを気にせず、どんどん食べましょう」ということをこの記事は言っているわけですが、今回は、こうしたふつうの新聞記事を、自分のような素人が可能なかぎり誠実に読み解いていって、議論や結論の妥当性について、少しく検証してみたい。この記事をいわば題材にして、医学情報に対する向き合い方、あるいは「ピントの合わせ方」を、素人なりに言語化しておこうというわけです(ま、「いつもの話」になりそうな気もしますが、お付き合いいただけると幸いです)。


記事は、乳製品の健康効果として、糖尿病の発症リスクを抑えるという研究を紹介しています。

2018年に発表された別の大規模分析では、研究者らは6万3,000人以上の成人を対象とした16の研究の結果をプールした。その結果、平均9年間で、血中の乳製品脂肪の濃度が高い人は、低い人よりも2型糖尿病を発症する可能性が29%低いことがわかった。

同上(deepLで翻訳)

乳製品を摂取している人ほど、糖尿病発症リスクが29%小さい。よく目にするタイプの話です。コーヒーを一日2杯以上飲む人はAのリスクがB%減る、たばこを吸う人はCのリスクがD%上がる・・みたいな、よくある話型。しかし、ここで一歩立ち止まって考えてみたい。

ここでは「糖尿病」の話題なので、では、糖尿病患者が全人口の中で何割くらいなのか見積もってみる。検索すると、2型糖尿病は日本全国で約1100万人いるらしい。人口が約1億2500万なので、割合は8.8%。まあわかりやすいように10%ほどとしましょう。日本人の10人に1人は糖尿病患者であると。ちなみにこの割合は、肥満大国アメリカでも、実はあまり変わらないようです。

で、人口の中からランダムに100人の集団を2つピックアップして、一方には乳製品を摂取させ、他方には摂取させないようにする。発症率は10%なので、100人のグループがあれば10人発症するが、乳製品を摂取した方は、研究のように、発症率が29%下がる、つまり3割下がるので、7人しか発症しない。なお、ここでは、「乳製品を摂取する」ということが、何か特別な介入であると考えます(議論を単純化するため、普通なら摂取しないだろうと前提しておく)。

あくまでざっくりとした話ではありますが、ここで一旦まとめると、乳製品を摂取すれば、100人中10人が発症するところを、100人中7人まで下げることができる。これをもって「だから牛乳を飲みましょう、毎朝ヨーグルトを食べましょう」という呼びかけに繋がるわけですが、しかしちょっと待てと。これ、見方を変えると、乳製品を摂取するかしないかで、結果に影響があったのは100人中たった3人(10-7=3)なんですよね。残りの97人は、食事を変えようが変えまいが関係なかった

糖尿病のリスクを3割下げるといわれるとき、100人中97人は、変えても変えなくても糖尿病になる人はなったし、ならない人はならなかった。100人中3人にしか有意に該当しない「健康法」を、受け手は個々の生活のなかでどう評価し、どう消化すべきものか。

あるいは、記事は別の研究を紹介しつつ、乳製品の有無で、心血管疾患のリスクが22%変わるとも指摘しています。同様に調べると、心血管疾患の患者数は2017年に全世界で4.8億、割合にして6.4%ほど。100人いたら6人が発症するが、乳製品を摂ると6人が5人に減る。しかし、100人中99人は摂っても摂らなくても変わらなかった(6-5=1)。うーむ。

もちろん、糖尿病や心血管疾患は、年齢が上がるとともにリスクも上昇するものなので、全体としては「100人中1人」な効果だったとしても、高齢者や基礎疾患のある人は、特に気をつけて、それこそ牛乳やヨーグルトを意識的に摂っていくようにすべきだというのはわかります。リスクは平等ではなく、偏りがあるものなので。しかし、これらの研究は、「成人 adults を対象にした」としか書いてなくて、最初から、高齢者じゃなくて人口全体を対象にした話をしているんですね。研究者も、高齢者や基礎疾患のある人が食事に気をつけないといけないのは当たり前で、むしろ知りたいのは、一般に人間は乳製品を摂ることで健康になるのかどうか、これなんだ、という体で研究を進めているようにみえる。でもそうやってスコープというか主語を広げると、そもそも全人口で特定の病気に罹患している人は割合的にどうしても小さくなるので、どんな効果が示されたとしても、「とはいえ100人中97人は関係ないよね」みたいなことが生じやすい。


さて、この手の医学系の言説では、「病気を」減らすとかじゃなく、病気の「リスクを」減らすみたいな物言いが頻繁になされるわけですが、

でもその「リスク」って、何もしてないノーマル状態でそもそも10%とか2%とかマイナーな数字であることが多い。リスクはあるいは「有病率」とも言い換えられるかもしれませんが、いずれにせよ、たとえば「コーヒーを飲むと、2%のリスクが20%改善されて1.6%に減りました!」といっても、コーヒーを飲む飲まないで有意な効果があったのは、(研究の精度を信じるとしても)差分の0.4%であって、残りの99.6%の人は、飲んでも飲まなくても変化はなかったということになる。1000人中996人にとって意味のない健康法を引き合いにして、「さあ、みなさんもぜひ飲みましょう」と通販まがいのマーケティングに専門家がうっかり加担しているというのが現代の苦い風景ではあると。


もちろん、こういう「メディカル話法」はいわば伝統様式化してもいるので、個々の医師あるいは記者を一概に責めるわけにもいかないんですが、

それとは別に、観察的なまなざしで、一連の研究は「何を言っていることにるのか」を客観的に考えてもおく。

記事は、最終的に、低脂肪の有効性は示されなかったが、しかし、乳製品を摂ること自体のメリットは大きいので、みなさんどんどん乳製品を食べましょうと、ご親切におすすめの食べ方などを紹介しながら締めくくっていますが、この「話法」をひとつの「問題」として切り取ってみる。

上で確認してきたように、乳製品をちゃんと摂取したところで有意に影響があるのは100人中せいぜい3人だという構造感覚を可視化しないで、効果があったとしても極めて小さい低脂肪乳製品と比べて、「まあふつうの乳製品でいいでしょう」とアドバイスする格好になっている。実際に有意な効果はない低脂肪乳製品と比較すれば、あたかもふつうの(もちろん低脂肪であってもよい)乳製品に優位性があるかのような物言いを採用しているわけですが、その優位性とやらをもってしても、100人中97人には関係ない話である、というこの構図は、頭の片隅に入れておいた方がいいと思うんですよね。

つまり、「低脂肪じゃなくてもいいですよ、でも乳製品は健康に良いのでたくさん摂ってくださいね」という結論の代わりに、

「低脂肪じゃなくてもいいですよ、というか、乳製品を摂った方が健康になるって話でもないんで好きにしてください」

という結論に(心の中で)読み替えていく自由な構えがあってもいい。


まあ、たかが乳製品、ではあります。牛乳なんて栄養豊富だし健康にいいことは間違いないんだから好きに飲んだらいいじゃん。その通りです。しかし、現代世界では、「知的」を装ったこの手の健康情報があまりに多いのも事実。こういう話を聞かされたときに、ときどき立ち止まって、「そういえば本質はどういうことなんだったっけ?」と基本のリテラシーに立ち返れるようにしておく。一時が万事、「XがYのリスクをZ%抑える!」「検査で病気のリスクを早期発見!」みたいな話型の専門的言説にいちいち驚かされないマインドを一方では養っておきたい。半ば自戒を込めてそう思います。


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