【#3】いつも窓際の席で。
■登場人物
僕・・・元・窓際族
マスター・・・行きつけの喫茶店のマスター
アカンちゃん・・・学校の先生。口癖は「もうアカン」
ここは、一見さんお断りの喫茶店。
この喫茶店には、コーヒーが飲めないのに、コーヒーへのこだわりが強いマスターと、社会的立場や背景も異なる多様な老若男女が集う。
僕はいつも通り窓際の席に座った。
GWが終わった。GW中はここに来ることができなかった。
なぜなら、あの感染症に罹ってしまったからだ。
10日間の療養を経て、ようやくここに来ることができた。
久々に飲んだコーヒーは、エチオピア産のコーヒー。
10日ぶりのコーヒーは、この上なく美味しかった。
エチオピアの羊飼いの少年がコーヒーの実を発見したという伝説があるらしい。この時ばかりは、羊飼いの少年に感謝したい気持ちになった。
さあ、そんなことをしていると一人の女性が来店してきた。
そう、もう紹介はいらないと思うがアカンちゃんだ。彼女と僕は、来店するタイミングが被ることが多い。二人とも、日曜の夕方を狙って来店する。
これには訳がある。
1週間死にものぐるいで働いた後、どうしても休息が必要になる。
コロナ禍以降、華金に同僚と飲みに行く習慣がなくなり、その代わりに、静かに一人で喫茶店でコーヒーを飲むことが、欠かせない休息になっているのだ。
1週間の疲れやストレスを、リセットするために必要な時間である。
今日のアカンちゃんは、どこかおかしい。
いつもの愚痴が炸裂しないのだ。どうしたのだろう。
アカンちゃん「はぁ、最近なんか不甲斐ないです。」
マスター「どうしたの?」
アカンちゃん「実は私、妊娠したんです。」
アカンちゃんは、結婚して2年目。そろそろ子どもが欲しいと思っていたらしい。
マスター「それはそれは!おめでとう!!」
アカンちゃん「あ、ありがとうございます。絶賛つわり中で、毎日怠いのが辛いですが、今日は少し楽になったので来ました。」
マスター「嬉しい報告をありがとうね。それでなんで不甲斐ないの?」
アカンちゃん「毎日つわりでしんどいので、仕事も捗らないんですよね。今年は初めての学年主任を任された年。自分のクラスのことだけじゃなくて、学年全体のことを考えなきゃいけないのに、全くそんな余裕がないし。なんと言っても、休まなければいけない時は生徒たちに申し訳なくて。」
マスター「そっか。それはしんどいね。でも、まずは自分の体が優先なんじゃないかな。」
アカンちゃん「私もそう思ってはいるんですけど、せめて産休に入るまでは全力で教壇に立ちたいというか・・・。それができないなら、今の学年主任の座を早めに退こうかと思ったり。」
マスター「なるほどね。責任感強い性格が邪魔している感じかな。」
そう、アカンちゃんは人一倍責任感が強い。
任された仕事は最後までやらないと気が済まない。毎日のように帰りが遅いのは、生徒一人一人と真剣に向き合っているからだ。
とはいっても、僕もマスターに同感。今のアカンちゃんはまずは自分の体を優先すべきだと思う。しんどい時は横になるのが、今のアカンちゃんの仕事じゃないだろうか。
ふと、アカンちゃんの顔を見ると、しんどそうな顔をしている。
楽になったとはいえ、つわりは進行中のようだった。
でもよく見ると瞳の奥に、強い意志を感じた。
どうやらアカンちゃんは、マスターに相談しているようで、実はすでに心は決めているようだった。
アカンちゃん「でも、大丈夫です。私やっぱり教壇に立ち続けたい。」
アカンちゃん、その強い意志はさすがだよ。
窓際族だった僕がアカンちゃんだったら、週休3日にはさせてもらっていただろう。
自分の根性のなさに落胆しつつ、僕はAirpodsで音楽を聴き始めた。
星野源さんの最新曲である。
僕にとっての家族はどういう存在なのだろう。一緒にいられるだけで、側にいてくれるだけで、最高じゃないか。そう思わせてくれる一曲。
音楽に聞き酔いしれていると、アカンちゃんが席を立ち上がった。
アカンちゃん「マスター、私そろそろ行きます。これからは毎週来れるかわからないけど、気分転換にまた来るね。」
マスター「ありがとう。くれぐれも安静に過ごしてね。」
僕は同じメッセージを心の中でアカンちゃんに伝えた。
さあ、僕もそろそろ帰ろうかなと思い、残っていたコーヒーを飲み干した。
窓の外を見ると、遠くに鯉のぼりが見えた。
大きさは違えど一緒のペースで、気持ちよさそうに空を泳いでいる家族のように見えた。
皆さんのお近くに、学校に行けずに悩んでいる方がいたら、ぜひ、この記事を読んでいただけると嬉しいです。
拙文ですが、自己紹介もさせていただいています。よかったら、ご覧ください!
エッセイ処女作『いつも窓際の席で。』はこちらからまとめてご覧いただけます。
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