ひょんなことから
思いもよらなかった変化が訪れることはままある。
私にもそれが最近起こった。
しばらく出稼ぎで家族から離れることを決めたというのはおっきなイベントだけど、「いざ離れるとなるとどうなるかなー?」というのは様々思いを巡らせても、具体的なイメージがわかなくて、ぼんやりと、やや不安な気持ちが付き纏っていた。
それがある時を境に、自分自身のことであるのに、にわかには信じ難いほどに、ぱっと霧が晴れた。
私の家族は妻と息子で、それぞれに思いがある。
たったの二人とはいえ(だから?)、複数の異なる思いというのは、一人の人間が対処するにはその許容量を超えている気が今でもする。
だから「ぱっと霧が晴れた」というのは、ある意味、二人に対する思いへの拘りみたいなものが薄まったのだと感じる。
”無我の境地”という言葉がある。それに近いんじゃないのか?と疑っている。
寂しくないわけでもないし、まだまだ10年も経っていないので、家族間の絆みたいなものに自信があるわけでもない。
そんな煩悩だらけの状態であるのに、明らかに、自分自身が薄まった感覚がある。
思い返してみると、何となく長年思い描いていた理想の心境に近いんじゃないだろうか?
家族の幸せを願わないわけではない。
むしろ、自我とか呼ばれるものが”自然と”薄まるのが、皆の幸せに近づく道すじなんだと感じている。
皆の幸せを願う強い思いはそのままに、であるからこそ拘り過ぎない心境。
そんな感じ。
出稼ぎも含め、その先のこともまだまだ不透明だけれども、現時点では結構頭は冴えている感覚はある。
ともかく大きく環境は変わるので、用心しつつも、この変化をチャンスに変えられるように、引き続き考え続けていきたい。
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