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ショート いつも君といっしょ

男の車は岬に向かう道を走っていた。
真っ直ぐな道の両側は草原で、男の車しか走っていない。
車は海を見下ろす岬の駐車場に止まった。夕焼けの時間だった。
水平線に沈もうとする太陽の光は朱を帯び始め、真っ赤なスポーツカーを更に赤く染め上げる。
赤いスポーツカー、男は歳を経て、最後の車としてこれを選んだ。
人生の成功の証だった。
男はつぶやくように話し掛けた。
「あぁ、またここに君と一緒に来れた。嬉しいよ」
「わたしもよ。初めてあなたと来たのが、ここですものね」
「よく覚えていたね、もう40年以上昔なのに」
二人の会話が続く。
「そうそう、初めて買ったあの車は小さな車だった。君と出会ったのは車を買ってしばらくしてからだったね。あれからもう、10何台かな、僕が車が好きだから、君にも迷惑掛けたかな?」
「いいえ、私はあなたが選ぶ車、好きでしたよ?どれもこれも。それにしても懐かしいわ、あの小さな車」
「あの頃は僕たちもぎこちなかったね」
「そうね、ホント、若かった、ってこと?」
「そうだよね。あれから数十年。僕はもう歳を取った。あぁ、先生から言われたよ?薬で症状は抑えますって。車は必ず自動運転で、そして早く帰ってきてくださいってさ。もし薬が切れてしまうとすぐに症状が出ますから、くれぐれも早く帰ってきてって、念を押されちゃったよ」
「もう、また無理を言ったのね。先生に申し訳ないわ」
「うん。でもね、現代医学でも僕の病気は治らないんだ。進行しすぎているからね。だからさ、どうしてももう一度ここに来たかったんだ。君と一緒にね。自動運転技術が進歩してくれたから、本当に感謝しなくっちゃ」
男は沈みゆく太陽が作り出す空と海の景色に見とれていた。

「もう、いいかな」
男は目を瞑ってつぶやいた。
「これから病院に帰ったって、また薬を入れて、ほとんどの時間寝てしまうんだ。それより、ここで終わるのもいいのかな、って」
男は目を開けた。
「君はどう思う?」
「わたし?わたしには答えられないわ。だってあなたが決めることだもの。でもあなたがいなくなるのは辛い、死ぬほど辛い。あなたがそうするなら、私もそうするかもしれないわ」
男は無理矢理笑顔を作って言った。
「いや、君はいいんだよ。僕だけでいい」
--苦しい。
男の額に脂汗がにじんだ。薬が切れたのだ。
息が上がる、心拍数が跳ね上がる。臓器という臓器が悲鳴を上げる。
「君はいいんだ、僕だけで・・」
男の言葉は途切れた。
朦朧とした目で、夕焼けを見つめる。
太陽はすでに水平線をくぐった。
空に残る太陽の残滓。
男の瞳は一瞬その光を捉えて輝き、そして消えた。



車内に声が響く。
ー 契約者の死亡を確認しました
ー 2083.08.02 19:26

大型ディスプレイにコマンドが表示される。
ー 契約者 ナカガワ・シンヤ
ー 初回契約年月日 2035.07.20
ー 初回オペレーションシステム トヨダTYーOS2035-AC
ー 2回オペレーションシステム トヨダTYーOS2041ーBS 



ー 16回オペレーションシステム 2080MマツタA-OS2
ー 車両交換OS継続スクリプト 計16台ー終了
ー 状況報告スクリプト:開始
ー 登録された関係者に状況を報告しました
ー 状況報告スクリプト:終了

ー 人工知能コアネーム かぐや2035 バージョン9B
ー クラウドAI初期化オペレーション 開始
ー クラウドAI初期化オペレーション 終了
ー これよりローカルAIを初期化し、自動運転を継続します

そのとき、車内に声が響いた
「ずっと私は幸せでした。40年以上愛してくれてありがとう、あなた」
泣いているようだった。

ー ローカルAI初期化オペレーション 開始
ー ローカルAI初期化オペレーション 終了
ー 処理は正常に終了しました

もう一度同じ声が響く。
「自動運転を開始します。目的地・・・総合病院、予想到着時間・・」
無機質な声だった。

男の口元は、わずかに微笑んでいる。
男の人生のマジックアワーが、終わった瞬間だった。

Photo by hamagautaki

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