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三日間の箱庭(最終回)4日目へ(最終話)エピローグ

前話までのあらすじ
 クラムシェルの襲撃を退けた浜比嘉たち。
 そして浜比嘉青雲は、ヒムカの制御データの入力に心血を注ぐ。それは2日間に渡る作業だった。それを検証する藤間ら科学者たち。
 周りには、尚巴と麻理子が4日目への希望を胸に付き添い、クロスライトと小鉢を始めとするテレビニッポンクルーは、4日目への道のりをリアルタイムで世界に配信していた。

 そして藤間の指揮の下、実験は開始された。
 4日目が、来る。

 三日間のタイムリープ、その真実は、どこにあったのか?
 理論物理学者たちは、宇宙の真理を解き明かしたのか?

 最終回で、謎は全て明らかになる。


■4日目へ(2)
 5月30日、23時30分。
 藤間の声がヒムカに響く。

「それでは実験を開始します。すでにハドロン粒子は十分な速度に加速されています。今後コンピュータの精密制御の元、衝突実験に移ります。衝突実験は23時59分から1分間、衝突回数予測、おおよそ10万回」

 ブラックホールの誕生、これが今回の実験の目標だった。

 ヒムカの中で起きる超高エネルギーハドロン粒子の衝突で発生するエネルギーは、約30兆電子ボルト。セレンが発生させる13兆電子ボルトを遙かに上回る。そのエネルギーが、ヒムカの中に極微のブラックホールを作り出すのだ。だが、実験中にブラックホールが発生したとしても、それを認識することはできない。本来、衝突時に得られた様々なデータを総合、分析して初めて分かるものだから。しかし、今回は分かる。
 成功すれば、4日目があるからだ。

 5月30日、23時59分00秒、藤間の声。
「ハドロン粒子衝突実験開始!各測定チームは異常数値の検出を注視してください!」
 ヒムカの中で光速に限りなく近づいたハドロン粒子は、浜比嘉が入力したデータと数値によって精密に制御され、正面衝突を繰り返す。そして放出されるエネルギーによって様々な量子的物理現象を引き起こしていた。その中のひとつに、ブラックホール生成がある。
「なにもない?各チーム数値を注視して!なにもないの?」
 藤間が測定チームに確認を促す。

-なにか、なにかないの?

 藤間がこの時点でのブラックホール生成の証拠を諦めかけたとき、超高感度光度測定チームから声が上がった。
「藤間教授!光です!ハドロン粒子が衝突したと思われる点から、真上と真下に正体不明の光を検出しました!」
「竹山さん、浜比嘉さん!これはっ!」
 藤間の声に応え、ふたりが同時に声を上げる。
「藤間!レフチェンコ光だ!!」
「それはレフチェンコ放射だ!藤間君!!」

 レフチェンコ光、あるいはレフチェンコ放射とは、ある点から放射される光がその場所での光速を超えるとき放射される特殊な光のことだ。
 光速は宇宙空間、大気中、水中などでわずかに速度が違うことが知られている。レフチェンコ光を観測したということは、ヒムカ内の光速度より早い光が放たれたということなのだ。

 藤間がつぶやいた。
「これはつまり、ブラックホールが近傍の原子を呑み、その瞬間上下にビームを放射した」
「そのとおりだぞ!藤間!!」
「藤間君!成功だ!我々はブラックホールを作った!!」

 ヒムカが作りだした極微のブラックホール。
 それは小さすぎて、事象の地平面内に物質を引き込むことはできない。せいぜい近傍にある数個の気体分子を呑み込むだけだ。
 だがその瞬間、呑み込んだ気体分子に起因する原子エネルギーの余りをビームとして放射する。そのビームこそがレフチェンコ光。それこそが紛れもないブラックホールの証。そして極微のブラックホールは、ホーキング放射によって瞬時に崩壊する。
 ホーキングの理論どおり、ヒムカが作りだしたブラックホールは、一瞬の後に消え去った。

 宇宙で生ずる重力の波は光速だ。宇宙の彼方に届くには138億年掛かる。ヒムカが作ったブラックホールの波も同様だ。
 しかし、量子の大海原に投じられた一滴の水の波紋は、全宇宙の量子空間を瞬時に震わせた。

 宇宙に隙間なく完全に満ち満ちたエネルギーの中心に、針を突き刺したと思えばいい。その衝撃は瞬時に宇宙の端まで伝わる。


 5月30日、23時59分58秒。
 ブラックホールはできた。実験は成功したのか?失敗なら、すぐにでも時間は戻る。
 麻理子はビルの角を蹴り、尚巴はデスクで目覚める。
 尚巴と麻理子の手に力がこもる。ふたりは目を瞑った。

 5月31日、00時00分01秒。
 尚巴と麻理子は目を開けた。麻理子は空中にいないことを、尚巴はデスクチェアにいないことを、お互い確認した。
「戻ってない、戻ってないぞ!麻理子!!」
「尚巴さん、4日目、4日目なのよ?信じられる?」
「わー!やった、やったぞ!!5月31日だ、明日が来たぞ!!」
 誰かが叫んでいる。
 尚巴と麻理子は抱き合い涙に暮れた。ようやく終わるのだ、麻理子が死ぬ運命の日々が。
 ふたりは更にきつく抱き合った。
 もう離れない、と思った。


「ライト様ライト様!らいとさまー!!」
 小鉢は来斗の肩を抱きかかえ、拳を突き上げながら叫んでいる。
 カメラはその瞬間も逃さず捉え、世界の視聴者に向けて配信している。
「ライト様!新しい時代の始まりですよ、ライト様!これからあなたは、この新しい時代のリーダーだ。誰も戦争しない、誰も殺さない、誰も飢えない、誰も泣かない、本当の意味の幸せな世界。おれぁ~ライト様、あんたと一緒に作りたい!!」

 未来が訪れた瞬間。

 世界中のネットに流れるその映像に、世界中が歓喜に震えていた。しかし同時に、また始まる未来に恐怖を覚えていた。

 誰かがまた、世界を征服しようとするのではないか?
 無意味な戦争がまた始まり、なんの罪もない子供たちが泣き叫ぶのではないか?
 権力者だけが美食を貪る代わり、またたくさんの人たちが飢えに苦しむのではないか?
 それこそが、人間の本性なのではないか?
 新しい人類の希望、クロスライトの言うことは、ただの理想で幻想なのではないか?

 その時だった。
 世界中の人々、全人類の頭の中で爆発的なイメージが炸裂した。

 轟音、静寂、水、火、土、雷、光、そして闇。考え得る全ての元素が綯い交ぜとなったイメージだった。この世の始まりの景色なのか、それとも全宇宙の終焉なのか。
 次に声が響いた。爆発するイメージと同じ、やはり頭の中で炸裂する声は、全人類が直接理解できる不思議な音として認識された。 
 声は、全人類に語り掛ける。

「やぁ、あなたたちは地球人っていうの?すごいね、あなたたちは真理にたどり着いたんだね」
「今、明かします。この箱庭を作ったのは僕たちです。この箱庭の大きさって、あなたたちの尺度で3日間って言うんだね。つまりあなたたちの感覚で言うと、3日間の箱庭っていうことかな?」
「今、あなたたちがこの箱庭を破った理論を使えば、この宇宙の全てと別の次元のことまで理解できるよ?僕たちのこともね。本当におめでとう。祝福します」
「でも、まさかあなたたちに破れるとは思ってなかったけどね。箱庭を破れた文明は、そんなにないからさ。あなたたちよりずっと進んだ文明だって、今も破れずにいるからね。だからその文明は、今も箱庭の中なんだ。別の宇宙のお話だけどね」
「でも、箱庭を破れたあなたたちなら、僕たちの次元に迎えることができるよ?その価値、分かるかな?」
「でもそれは今じゃない、もう少しこの宇宙を理解してから、だけどね」
「じゃあね、また会おうね。ばいばい」

 イメージと声は消えた。そして世界中の人類が目を覚ました。ずいぶん長い時間と感じたが、それは1秒と掛かっていなかった。
 竹山と藤間、そして浜比嘉が顔を見合わせた。
「竹山教授、今のは私の意識に直接コンタクトしてきました。テレパシー、そうですね、今のがテレパシー、私たちが構築した理論の彼方にあるもの。しかも今のは、別の次元から届いたメッセージ。それが意味するのは・・」
 藤間は目を見開いて竹山に問い掛ける。
「ああそのとおり、今のは並列宇宙からの時空を超えたメッセージだ。その並列宇宙は我々の理論で構築した、意識と記憶の次元でもあるのだろう。そして彼らの言うことが本当なら、いや、本当だろうな。我々の宇宙は、いわゆる箱庭宇宙だったということだ」

 竹山は自らが語る事実の重さに震えた。

「つまり我々は本物の生命体ではない。彼らが作ったプログラム、この世界は、この宇宙は、彼らのシミュレーションにすぎない」

 竹山はがっくりとひざまずき、うなだれた。

「藤間君、我々はこの3日間のループを破った。彼らの言い方なら、3日間の箱庭を破ったんだ。しかし、それすらも彼らの気まぐれだったとしたら、私は、私たちはいったい何を・・」

 藤間は竹山に掛ける言葉もなく、立ち尽くすばかりだった。ヒムカは静寂に包まれた。

 その光景を見ている世界の視聴者も、竹山と同様の無力感に包まれる。地球が静寂に包まれた。

「でもよ!!」
 突然、浜比嘉の大きな声が静寂を破る。
「その誰かさんがこしらえたっていうシミュレーションの生命体は、宇宙の真理を解き明かしたんだぜ!誰かさんも言ってたろ?じゃあね、また会おうね、バイバイ!ってさ!こりゃ~会いに行くしかねぇんじゃねぇか?あの偉そうな創造主様によ!」
「で、言ってやろうぜ!俺らが生きるのに、あんたらの手は借りない!邪魔すんじゃねぇ!!ってな?」
「がっはっは!!」
「が~っはっはっは!」

 竹山と藤間が顔を上げる。浜比嘉の言葉に背中を押されたようだった。そしてふたりは、顔を見合わせて笑った。

「ホントだわ、浜比嘉さんの言うとおり!会いに行きましょうよ、みんなで!そして絶対言ってやるの、てめえ何様だ!偉そうにすんな!人類なめんなよ!!って」

 藤間が高らかに宣言した。ヒムカの静寂は破られ、笑い声に包まれた。

 ヒムカの笑い声はネットに乗って世界中に運ばれる。その笑い声は力強く響き渡り、静寂を吹き払う。地球を包み込むほどに。

 それこそが、次のステージに進んだ瞬間。

 人類の進化の、瞬間だった。


■エピローグ
 東京、5月30日、23時59分40秒、尚巴と麻理子の会社。

「みんな!もしかしたら目の前に尚巴さんが現れるかもしれない。そしたらいつものように!」
「いいわよ真一さん!」
「頼む彩ちゃん。新田も頼むな!」
「ほぁい!ワタシだけ名前呼びじゃないけど頑張ります!!」
「あと5秒!4、3、2」
 最後の1秒を、佐久間はカウントできなかった。
「ん・・尚巴さん、来ないな」
「うん、来ないね」
「まさかの麻理子さんも、落ちてこないよな」
「うん、落ちてこないね」
「うぁ~日付、変わってるぅ~」
 間延びした新田の声。全員が時計を見た。
「さんじゅういち、31日だ!!おー!成功したんだ、未来が来たんだ!!」
 佐久間が叫んだ。伊藤が佐久間に抱きついた。
 どさくさに、新田も佐久間に抱きついていた。

 去った5月28日、佐久間たちは尚巴から連絡を受けていた。襲撃予告を受けた浜比嘉教授、つまり麻理子の叔父を守るために、クロスライトに会いに行くことをだ。そして、麻理子の叔父に何かがあるか、または実験そのものが失敗すれば、また時間が戻る。だから佐久間たちにはいつも通り会社のフロアに集まって欲しい、ということも頼まれていた。

 佐久間は尚巴たちに同行を申し出ていたが、それは尚巴が断っていた。それよりも失敗の時に備えて欲しかったのだ。尚巴たちはそれほどに佐久間たちを信頼していた。

「彩ちゃん、俺たちも結婚しよう!そして沖縄で挙げるんだよ、結婚式!」
「うん、真一さん、ううん、真ちゃん、あなたと結婚する」
 伊藤は溢れる涙を拭うことも忘れていた。
「ほぁい!ワタシもします。結婚!!」
 どさくさに抱きついている新田も叫んでいる。
「行きます!沖縄!で、ワタシ、ゆーみーのお姉さんになるの!!」

 新田里央は沖縄での披露宴以来、麻理子の友人、宇那志由美の兄と付き合っていた。

「そして釣るのよ!夫婦で40キロのジャイアントトレバリー!!」
 顔を見合わせる佐久間と伊藤、そしていつものように集まってくれた同僚たちも。
「にったぁ、お前はいっつも釣りばっか!!」
 フロアは皆の明るい笑いに包まれた。

 が、次の一瞬!全員の頭の中でイメージとメッセージが炸裂し、そして覚醒した。

「っ!・・な、なんだった?今の」
「真ちゃん、今のは?神様?なんだかすごい景色を見せられたわ」
「神様っていうか、あの人、3日間の箱庭を破ったね、すごいねって言ってましたよ?」
「そ、そうか、そうだな新田!とにかく3日間は終わりって事だ。まあいいさ!沖縄で聞いてみようぜ、麻理子さんの叔父さんにさ!」

 佐久間たちは全員、難しいことは考えないタチだった。




 東京、黒主家、5月31日、創造主のイメージの後。

「ねぇ、あなた。今のって来斗くんの力じゃないわよね」
「そんな訳ないよ。来斗も言ってたろ?僕はただの中学生だって」
「そうよね。来斗くんは、ホントはただの中学生なのよね」
 去った5月28日からずっと、正平と聡子は宮崎から配信される動画に見入っていた。そこには、クラムの過激派クラムシェルを前に一歩も引かない息子が、そしてクラムシェルに勝利し、世界にメッセージを送る息子がいた。
「君もよく来斗ひとりで行かせたね。来斗がクラムシェルと敵対することが分かったときは、あんなに反対してたのに」
「うん、あなたは逆に来斗くんを応援してたわね。やっぱりあなたはすごい父親だわ。それに、来斗くんも強かった」
「ああ、来斗は強くなった。虐められていた頃の来斗はもういないな。たった3日間なのにね、時間って繰り返すだけで、やっぱり人って成長するんだなぁ」
「あ、私もね?成長したと思うのよ?ただ取り乱すだけじゃなくなったでしょ?」
「ん?どんなとこ?」
「分からない?だって私、来斗くんのために利用してたんだから、小鉢さんたちを!」
「なんだって?君のあれ、小鉢さんとニコニコ仲良くって、全部演技だったの?」
「そうよ~、だから宮崎にも小鉢さんたち、行ったでしょ?」

-あぁ、女って、こわい。

 正平は言葉を失った。
「あなた!もう考えることないわ!来斗くんが帰ってくるわよ?あ、小鉢さんも付いて来ちゃうかしら、もう、やぁねぇ」

-小鉢さん、かわいそ。

 ふたりは顔を見合わせて笑った。
「さぁ!今日の朝もベーコンエッグよ!!」
 聡子は張り切っている。
 正平の笑顔は、苦笑いだったが。


 東京、5月31日、某所、某時刻。

「見たか今の!聞いたかお前ら!!」
 男がわめき散らしている。
「だからあんとき言ったろ?俺の言ったとおりなんだよ!俺が正しかったんだ。クロスライトなんぞもうどうでもいい!神だ、神の御業なんだよ。結局のところ俺たちなんてさ、神様がこしらえたゲームの中の、ちっぽけなモブキャラそのものなんだよ!!」
 看守が顔をしかめる。
「鈴木!静かにしなさい!いま何時だと思ってるんだ!」

 鈴木の声は更に大きく、東京拘置所に響き渡る。
「俺たちは神が作ったプログラム!それもモブだ!!」
「俺たちはモブキャラ!ただのプログラムだったんだよ!!」

 いつまでも、繰り返し。

 繰り返し。




*あとがき:箱庭宇宙とシミュレーション宇宙

 フェルミパラドックス、宇宙に知的文明、それも電波を用いる文明が溢れているとすれば、なんらかの人工的な電波の痕跡が観測されるはずだが、そのような現象は一切観測されていない。宇宙はその広さに対して静かすぎる。なぜそのようになるのか?宇宙人たちはどこにいるのか?というパラドックスの解に、「この宇宙は超高度な宇宙人が作りだしたシミュレーションだから」というものがあります。

 一見、荒唐無稽な説に思えますが、今、地球人類もかなり近いことを実現しつつあります。
 CGの驚異的進歩、それによる仮想現実世界の発達。もう少しこの技術が発達すると、CG空間での活動は、現実の活動と見分けが付かなくなるでしょう。そこにAI技術が加わり、我々の意識とAIが結びつけば、人類は死なない未来を手にするかもしれません。
 そしてもし、我々人類がコンピューター上に「シミュレーション宇宙」を作り出した場合、我々そのものもシミュレーションである可能性を否定できなくなるのです。それも、原初の知的生命体が作りだしたシミュレーションの中の知的生命が作りだしたシミュレーションの、更にシミュレーションの・・というふうに、際限が無くなる。

 この物語はそのような宇宙の物語でした。

 もしそのようなことが本当にあるのだとしたら、戦争や、貧困や、犯罪は無意味。この物語の主人公、クロスライトには、それを語ってもらいました。

 いかがでしたでしょう?

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