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三日間の箱庭(8)クロスライト(2)

前話までのあらすじ
 三日間の繰り返しに翻弄され、必ず家族の誰かが死ぬという経験をした黒主家の家族たち。
 三日間の安らぎを求める父、正平に対し、来斗は違う考えを持っていた。
 3度目の5月28日、前回殺し合いを演じた武藤らや警察が来ることを予想し、家を出る正平たち3人。
 来斗は密かに、ある準備をしていた。

■クロスライト(2)
 午前6時半。
 父さんと母さん、そして僕は、身支度を整えて玄関を出た。太陽はとっくに昇っている。

 道路に出ると、向こうに数名の集団が見えた。機材を持っている。カメラ、マイク、女性がふたりと男性が3人。マスコミだ。
 父さんは、その集団を見ながら言った。
「あいつら、最初の3日間の最後の日、お前を殺した4人が特定された途端に取材に来たんだ。とんでもない連中だ。被害者の事なんて少しも考えていない。もっとも、父さんにも反省する点があったけどな」
「2回目は?」
「2回目もいたぞ?あいつら、武藤たちと父さんたちの殺し合いを遠巻きに撮ってたよ」
「そうなんだ」
 僕はこちらをチラチラと見ながら何か盛んにしゃべっているマスコミの連中を見ながら、内心喜んでいた。

-マスコミか、映像のプロだ。しっかり撮ってもらおう。都合がいいや。

 辺りを見回すが、予想した警察はいなかった。パトカーにぐるりと囲まれていることも予想していたんだけど。
 すると、路地を曲がってこちらに向かって来る大きな車が目に入った。
「警察?じゃ、ないな。あれは武藤の車だ」
 父さんはこちらに近づく車を見ながら唇を噛み締めていた。母さんは震えている。きっと前回、ここで起こったことを思い出しているんだ。
「来斗、気をつけろ。前回は3人だったが、今回何人乗っているか分からない」
「うん」
 車は僕たちの側で停車した。
 マスコミがここぞと近づいてくる。父さんが悪く言うのも分かる、この人たちは、人の不幸が好きなんだ。

 車のドアが開いた。運転席の後ろから武藤が降りてきた。運転席と助手席からは若い男。父さんの顔が強ばる。
「来斗、運転席から出てきた男、あれが父さんを撃った男だ。確かツリガミといったか。撃たれる前に両手の動脈を切った。助手席の男は頸動脈を切ったはずだ。多分二人とも死んでる」
 父さんの言うとおり、若い二人は父さんの顔を見るなり怯えた表情を見せた。車にはもうひとり乗っているようだが、まだ降りてこない。
 3人は、僕たちの前で立ち止まり、先に武藤が口を開いた。

「黒主さん、奥さん、それに来斗君、生きてますね」
「はい、そちらのお二人も」
 父さんも同様に応える。母さんはさすがに武藤を見ることができない。
「あの後、私は後悔しました。あんな状況とはいえ、奥さんを殺してしまった。奥さん、申し訳ない」
 意外だった。武藤はいきなり僕たちをどうにかするんだと思っていた。それに、父さんが殺したという二人、自分たちを殺した相手が目の前にいるんだから、復讐しようとするのが普通だろう。でもこの二人はそうしない。武藤がいるからかもしれないが、その武藤が父さんと母さんに頭を下げているんだ。気に入らないはずだよ。
「おい、お前たちも」
 武藤がうながすと、若い二人も頭を下げた。
「私らも、奥さんのことを引き剥がそうとしてひどい扱いをしました。ご主人があんなことをするのも分かります。それにしてもご主人は強かった。私らはあっという間に負けたし、私は思わず拳銃を抜いてしまって、あなたを死なせてしまった。本当に申し訳ありませんでした」

 なんということだろう、僕はこの場でまた殺し合いが始まると思っていた。父さんの言うとおり、武藤は悪い男ではなかったのか。

 二人が頭を上げると、武藤が口を開いた。
「ところで黒主さん、こないだの続きなんですけどね」
 武藤の口調に怖いものが混ざる。しかしそれは一瞬だった。
「私、あの後黒主さんのことをよく調べたんですよ。私はあなたに、堅気か?と聞いたはずです。もしあなたがその筋の人間なら、私が一番先に暴れていたでしょうね」

-その筋?それはあんただろ?

 僕は心の中でつぶやいたが、父さんは武藤の正体に気づいていた。
「武藤さん、あなた、警察官ですね?」
「えぇ、そうです。警視庁組織犯罪対策部、通称マル暴と呼ばれている部署です」
「やっぱりそうですか、最初の事情聴取から他の親たちとは違う感じがしていました。もちろん警察官だとは思いませんでしたけどね」
「それはそうでしょう、私も仕事柄こんな格好ですから」
 武藤は苦笑いを浮かべ言葉を続けた。
「しかし、なぜあなたに堅気かどうか聞いたか、それは来斗君があまりにも手慣れていたからです。その、人を・・」
「人を殺すことに」
 父さんは武藤が言い淀んだ言葉を引き継いだ。
「そうです。普通の中学生にあんなことができるなんて、信じられなかった。もちろん私の息子がやったことも信じられない。しかしあれはただの、くそガキの悪行です。でも来斗君のそれは、その道のプロの仕業だった。だから、もしかしたら親が極道で、来斗君はその準構成員ではないかと、疑ったんです」

-もし本当にそうだったら、あいつらはとんでもない相手をいじめていたことになるよ?

 僕はまた心の中でつぶやいたが、あいつらは結局とんでもない相手をいじめていたんだと気づいて、ちょっと可笑しくなった。

「でもあなたは外科医だった。私の考えは間違っていたようですが、それでも疑問は残る。なぜあなたたち親子はあんなに強いんです?」
 武藤の横で、若い二人の警察官は興味津々のようだ。
「私たちは強いわけではありませんよ。ただ、人を生かすのが仕事の私は、どうすれば人が死んでしまうのかも、よく知っているんです。例えば、臓器の位置や、血管の位置。手術で失敗できないことをあえてやるとどうなるか、ということです」
「では、来斗君は?」
「来斗は小さい頃から私の仕事に憧れていました。外科医になりたいんです。それは今も同じなんですよ。ですから私は、来斗が小さい頃から“人の体の仕組み”を教えてきました。それと、こうなると人は死んでしまうから、絶対に失敗しないように、とも」
「なるほど、それであれほど的確な致命傷を与えることができた、ということですか。しかし黒主さん、あなたの動きはどうなんです?あの、人の動きを読むような動き、あれは」
「あぁ、外科医は意外とハードな仕事で、体力も精神力も並では駄目なんですよ。それで私、合気道を少々」
「合気道を、少々、ですか」
 武藤は合気道と聞いて”そんなまさか”というような顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。
「分かりました。お話ありがとうございました」
「ところで武藤さん、車の中にもうひとりおられるようですが?」
「あぁ、もし話がこじれたら出てきてもらおうと思っていたんですけどね」
 武藤はそう言うと車に向き直り、何か合図を送った。助手席の後ろのドアが開く。
「安藤さん」
 父さんがつぶやいた。
「あなたや来斗君のことを知るために、この件を最初から知っている安藤さんに話を聞いたんですよ。そして今日も、念のため来てもらった次第で」
 安藤刑事は僕たちに歩み寄って、全員の顔を見渡した。
「黒主さん、奥さん、来斗君、大変な3日間を過ごしたねぇ、しかも何回も。武藤さんも、自分の息子さんの不始末に悩んで、その息子さんも、そして前回のこと、大変な3日間でしたなぁ」
 僕はこの人のことを知らない。でもなぜかこの人の口調は安心する。
「来斗、この人は最初から私たちの面倒をみてくれた刑事さんだよ、マスコミの取材からも守ってもらったんだ」
 父さんもこの人を信頼しているようだ。
「さぁ、もう終わりましょう。ひどい思いはもうしたくない。あそこで私たちを撮ってるマスコミさんにも、もう終わりですよって、言ってあげましょう」
「もう終わりって、安藤さん、ここまでの3日間の繰り返しで、武藤さんも私たちも、大きな罪を犯しています。それは、どうなるんでしょう?」
父さんの言うことももっともだ。安藤は静かに言った。
「黒主さん、今何時でしょう?」
「え?もうすぐ7時半、くらいですね」
 父さんは腕時計を見ながら答えた。
「えぇ、7時半、まだなんにも起こっていないんですよ。なんにもです。違いますか?」

 その通りだった。事件なんて何も起こっていないんだ。2回目の3日間でもそうだった。

「それにね黒主さん、日本中で、いや、世界中で同じようなことが起こっています。そんな状況で過去の3日間に起こったことを裁くとしたら、いったい誰が裁くんです?」
「そうか、その通りかもしれません」
 父さんは少し俯いて、意を決したように顔を上げた。
「今の私の願いはひとつだけ。この3日間が何事もなく過ぎて、誰も死なない日々を過ごすことなんです。世界中でこんなことが起こっているとしたら、なおさら」
「全く、その通りですね」
 安藤刑事も深くうなずいた。
「さて!じゃあマスコミさんにもご退場願いましょうか!」
 父さんと安藤刑事、そして武藤刑事は、マスコミの方に向き直った。

-僕の予想は外れた?確信と思ったのに?
-あの二人の若い刑事が暴走するはずだった。でもしなかった。
-いや、違う。まだ足りない。まだピースは揃っていない。


つづく

予告
 武藤らと正平はお互いの誤解を解き、和解した。だが、来斗の確信である殺し合いの引き金は、意外な人物によって引かれるのだった。
 そこでは誰と誰が殺し合うのか?来斗の本当の考えは?
 そこに近づくマスコミの取材班。
 来斗はマスコミとどう対するのか?そして何を伝えるのか?


おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。

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